So-net無料ブログ作成
検索選択

エンジェルズ・ブルー [出版]

 これまで土曜日は、連載小説を掲載してきました。しかしそれも終了。どうしようかと考えた結果、昨年の5月に出版した本を、改めて紹介させて貰う事にしました。
 サイドバーにも掲載している通り、タイトルは「永遠へ続く宇宙(とわへつづくそら)」 表題作とエンジェルズ・ブルーという、短編2作を収録しています。
 今日、明日と2回にわたり、各々の導入部を掲載します。
 書籍として出版されているので、全てをブログで公開するわけには参りませんが、一部ならば構わないでしょう。
 既にお読み頂いている方も、何人かいらっしゃいます。
 他の皆様もこれをお読みになり、もし本を目にする機会がございましたら、是非手に取ってみて下さい。よろしく御願いします。

 

永遠へ続く宇宙(そら)

永遠へ続く宇宙(そら)

 

< エンジェルズ・ブルー >

 レイはカウンターグラスを傾けていた。
 小さなライヴハウス。ブルージィーなサウンドが、煙草に煙る店内を満たしている。とは言っても、酒を飲ませるのがメインの店である。小さなステージでは、客の談笑の邪魔にならぬよう、控えめな音量でバンドが演奏していた。
『ボエーム』
 そんな店の名前に惹かれ、レイがここへ来るようになって随分経つ。ほとんど毎日のように通っていたが、今日は一週間ぶりだった。
 時折振り返り、ギタリストの方を見てはすぐにまた視線をグラスに落とす。幾度となく繰り返し、レイは軽く溜息をついた。
 知った顔の男が誘いに来たが、冷たい一瞥をくれただけで全く取り合わない。
 やがてレイは突然立ち上がると、フロアに降りて行った。
 フロアには、古びた丸いテーブルが九つ置いてある。ステージから離れたテーブルが、四つほど埋まっていた。そこに座っている男女十人ぐらいの客は、誰もステージの演奏など気にも留めていない。皆それぞれの連れと好き勝手に酒を交わし、喋り合っている。
 レイはギタリストに一番近い椅子へ、無造作に身体を投げ出した。テーブルに頬杖をついて彼を見上げる。
 タツヤはくわえ煙草でレスポールを弾きながら、レイの方を見向きもしない。気がつかないはずもなく、どうやら無視しているようである。
(やっぱり、怒ってるのね……タツヤ)
 レイは心の中で呟き、悲しげに長いまつげを伏せた。
 
 ひと月ほど前。
 レイが店の中へ入って行くと、今日と同じようにタツヤがステージにいた。
 やはり客は少なく、誰も曲など聴いていない。
 しかしそのギターフレーズを聴くなり、レイは心惹かれた。まるでそれは、低く垂れ込めた店の天井を抜けて、夜空に舞い上がって行きそうなメロディーだった。
 レイはいつものように、カウンターの片隅に落ち着いた。グラスをなめながら、気怠げな様子でギターを弾く男を見つめていると、
「レイ、やけに気に入ったようじゃないか、タツヤの事」
 店のマスター、寺井が声をかけて来た。
「タツヤ?あぁ、あのギターの名前か…別に」
 レイは面倒臭そうに笑い、メンソールに火を点ける。
「見かけない顔だけど…なかなか気の利いたフレーズ弾くじゃない」
「前のギタリストが急にやめちまってさ。取り敢えず弾かせてみたんだけど……レイがそういうんなら、いけるかな」
「でも他の客、誰も聴いてないよ」
「ほんとだ」
 二人は顔を見合わせ、呆れたように笑った。
 それでもレイだけは、ブルーなメロディーを奏でるギターに耳を傾けながら、グラスを重ねている。
 そして程よい酔い心地になった頃、同時に演奏も終わった。
 しばらくして、タツヤが控室から出て来る。
「マスター、一杯作ってあげてよ」
 カウンターに片肘つきながら、レイが言った。
 寺井がグラスにバーボンを満たして、タツヤの前に置く。
「彼女、気に入ったみたいだぜ、お前のギター」
 そう言って、レイの方へ手をかざした。
 タツヤは微笑みながらそばまでやって来ると、
「どうも」
 言いながら、グラスを軽く上げて見せる。それから煙草に火を点け、すぐ隣に座った。
 レイは見向きもせず、両手でかざしたグラスを見つめている。
「あんた、なかなかやるじゃない」
「嬉しいね、こんな美人に気に入ってもらえるなんて」
「…………」
 歯の浮くような褒め言葉にも、チラッと横目で見ただけで何も言わない。
「まだ名前聞いてなかったな」
「レイ」
「レイか…俺は」
「タツヤ。さっきマスターから聞いたわ」
 レイはタツヤの言葉を遮って、面白くもなさそうに言った。
「名前まで覚えてくれてるのか。それは光栄だね」
「いちいちキザね」
 相変わらず素っ気ない態度で、レイはグラスを弄んでいる。やがてそれを、タツヤの方へ差し出しながら微笑んだ。
 タツヤもグラスを合わせる。
「君だってかなり気取ってるぜ」
「似た者同士ってとこね」
 お互いを認め合うように、二人は一気にグラスを空にした。

「もう始まってるか……」
 ボエームの扉を開けたレイは舌打ちした。ステージのタツヤを眼で追いながら、いつもの席に座る。
「いらっしゃい」
 カウンター越しに声がかかり、すかさずバーボンのグラスが前に置かれた。
「ありがとう」
 寺井に短く礼を言って、早速一口含む。そのまま立ち上がると、フラフラとタツヤに一番近いテーブルへ向かった。
 しかし、あいにくそのテーブルには先客がいた。カップルとおぼしき若い男女が、肩を寄せ合いながらいいムードになっている。
 レイはメンソールに火を点け、ゆっくりと吸い込むと、
「ちょっと。ここ、代わってくれない?」
 テーブルに向かって吐き出しながら、当然のように言った。
 カップルがビックリしたように顔を上げ、同時にレイを見る。あまりにも唐突だったので、二人とも声が出ない。
「聞こえないの?ここどいてっていってるの」
 レイが尚も無遠慮に言うと、
「な、なんだよ、いきなり」
 怖ず怖ずとした様子ながらも、何とか男の方が口を開いた。
「テーブルは他にも空いてるわ。イチャつくんなら、向こうでやってよ」
「空いてるんなら、あんたが他へ座ればいいじゃないか。俺達は先に来たんだ。別にここがあんたの指定席ってわけでもあるまいし」
 レイの厚かましい態度に、男も強気に出た。彼女の手前もあるし、そう簡単に引き下がるわけには行かない。
「あたしはここで演奏を聴きたいの。あんた達どうせ聴いてないんだから、どこだっていいじゃない」
「だいたいあんたさっきから、何様のつもりなんだよ。それが人にものを頼む態度……」
 思わず立ち上がり、そこまで言ったところで、男は言葉を切った。見れば彼女の方が、上着の裾を遠慮がちに引っ張っている。
「よしなさいよ、女の子相手に。いいじゃない別に、代わってあげれば」
「まぁ、君がそういうんなら」
 彼女の言葉で、男の怒りも簡単に納まったようである。まあ、何とかメンツも潰れずに済んだわけだし、
「ああいう人には、あんまり関わらない方がいいわ」
 小声で囁く彼女に促されながら、テーブルを移って行った。
 彼女の最後の言葉は、レイにも聞こえたようである。しかしそんな事は全く意に介さない。ステージに背を向けている椅子をちょっと引くと、そこへ馬乗りに跨るように座った。背もたれに身体を預けながら、バーボンをグイッと呷る。
 グラスをブラブラさせながら見上げていると、一曲演奏が終わった。
 今までの様子を見ていたのだろう。タツヤが呆れたように、苦笑いを浮かべる。
 レイは事もなげにヒョイと肩をすくめて見せると、グラスを差し出した。
 タツヤはそれを無言で受け取り、一気に半分ほど空ける。再びグラスを返すと、次の曲のイントロを静かに弾き始めた。

― 以下、書籍版へ続く ―


nice!(3)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 3

コメント 3

がぁこ

あら、こちらはまた全然雰囲気が違って何やら、ハードな匂いがプンプンと・・。
eikohさんは男性だから、やっぱり男目線の作品が多いのかなぁ?
執筆中、主人公に憑依するとしたら、
女性ものだとオカマチックな日々を送ることになりますもんねっ(^^;)
by がぁこ (2006-02-19 02:45) 

色々なeikohさんの“引き出し”が見えてきますね。
by (2006-02-19 10:06) 

えいこう

がぁこさん
はい~。これは珍しく、気取った雰囲気にしてみました。
3人称で書いてても、やっぱり男目線が現れるのかなぁ。
結局男だから、女性の主人公に思い入れが強くなっちゃう。俳優で例えると、女性が主演で、男性が助演のような感じ。女性を引き立たせようとすると、どうしても男の主人公目線になるのかもね。それに当然男なら、経験に基づいた描写も出来るし。
nice!もありがとう。

誠大さん
しおらしく、女らしい女性が主人公の作品が多い中、これは珍しく気性の激しい気まぐれな感じの主人公になりました。それもまた、女性の一面かな。ただ、やっぱりレイも本当は……。
nice!もありがとうございます。
by えいこう (2006-02-19 23:48) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。