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GBA応募作品 スピリチュアルな恋人たち 1 [GBA応募小説]

 肉体がある。そして、精神とはいかなるものか。そこに境界があるとするならば、二つを結び付けているものはなんなのだろう…………。

 

 

 

「あのぅ…すいません……」
 ためらいがちに声を掛けられ、
「いらっしゃいませ」
 沢口拓磨は反射的に返事をした。
 視線は、パソコンの画面に向けられたまま。面倒な帳簿を、入力しているところだった。
(お客さんか。ヤレヤレ、助かった)
 苦手な財務処理から解放されると、内心ホッとする。それでも、切りのいいところまでは、しっかり入力した。フーッと息をつきながら振り返り、改めて応対する。
「お待たせしました。いらっしゃいませ」
 見れば、高校生くらいの女の子が一人。少し強張った表情で立っている。
(あれ?このコ。前にどっかで、会ったかな?お客には、いなかったと思うけど)
 拓磨の頭に、ふとそんな思いがよぎった。見覚えがあるような気がしたのだ。しかし、勿論そんな事は口にしない。単なる、思い違いかも知れないではないか。初めての客にはいつもそうしている通り、ただ穏やかに笑って見せる。
 その笑顔で安心したのか、少女の表情も心なしか和らいだ。
「あの…原付バイクが、欲しいんですけど」
「ありがとうございます。新車ですか?それとも、中古がいいのかな」
 拓磨が経営しているのは、沢口オートというバイクショップ。原付から大型まで、新車は勿論、中古車も扱っている。更には、買い取りまで行っていた。
「やっぱり、新車がいいんですけど」
「そうですか。うちは中古もやってるので、新車の原付はあんまり展示してないんだけど。まぁ、表へどうぞ」
 あまり大きな店ではない。彼の言葉通り、原付きバイクは多くても、並んでいるのは殆どが中古だ。勿論、原付き以外のバイクも何台かある。それもやっぱり、中古車だった。
「いやぁ。まだまだ暑いねぇ」
 殊更親しげに言いながら、拓磨が空を見上げる。
 8月も残り僅か。空は大分高くなり、雲も既に秋の気配。とはいえ、照りつける太陽はジリジリと暑く、空気もどんよりと重く湿っていた。
「今展示してあるのは、この二台だけ。どっちも、出来がいい割には価格も安めで、うちのお勧めなんだ。勿論お客さんの希望があれば、全メーカー全車種、取り寄せられるけど」
 一台は、普通のスクータータイプ。もう一台は、極力部品を省き、シンプルで小型化したもの。当然、価格もそれなりに違う。
「あたしには、どれがいいのか良く分からないので、お店お勧めのヤツが安心出来ていいです。でもこの二台では、やっぱりこっちがいいかな。高いけど」
 少女が指差したのは、スクーターの方だ。
「そう。こっちなら、シートの下にヘルメットもしまえるし、ゆったり乗れるからね。決まりなら、税込み十万五千円のところ、そうだな。五千円引き……九万九千七百五十円でいいけど。どうかな?」
 拓磨は、電卓を弾きながら言った。
 少女が、喜んで手を叩く。
「ホントですか?もう、それで決めます!」
「良し、決まりだ。あと他に、付けたいものはあるかい?」
「荷物を積めた方がいいから、前のカゴと、後ろはえっと…ハコみたいなヤツ」
「うん。前カゴはサービス。後ろのトランクボックスは五千二百五十円になるから……合わせて十万五千円だけど、いいかな」
 拓磨は再び電卓を叩きながら、テキパキと言った。
 本体五千円引きの上に、前カゴまで付ける。初めての客だし、我ながらちょっとサービスし過ぎかなと思った。でも相手は、見たところ高校生だ。しかも、可愛らしい女の子。まぁ、たまには商売度外視でもいいだろう。
「やったぁ、ラッキー!ありがとうございます」
 彼女も喜んでくれている。拓磨としても、気分がいい。
「ヘルメットはさ。うちで買うと、どうしても高くなっちゃうから。ホームセンターとか、バイク用品店で買った方がいいよ」
 更に、そこまでアドバイスしてやった。
「分かりました、そうします。何から何まで、すいません」
(なかなか、礼儀正しいコだな)
 拓磨はそんな事を思いなから、実際は事務的な言葉を掛ける。
「それじゃ、書類とかあるから、あとは中で」
 再び店内へ戻ると、
「どうぞ、そこへかけて」
 少女に椅子を勧めた。料金表を見せながら、強制保険の説明に入る。
「他にかかる費用として、登録代が八千円。それから、自賠責保険料があるんだ。これには、必ず入らなきゃならない。一年から、一年刻みで五年まで。長く掛けるほど、トータルでは安くなる。こればっかりは、サービスするわけにはいかないけど。何年掛けとく?」
「そうですね…………」
 そう言ったきり、しばらく考えていた彼女。やがて、
「今はあんまりお金もないし、取り敢えず二年かな」
 戸惑い気味ながらも、答えを出した。問いたげに、拓磨を見る。
「そうだね。それが無難なトコかな。そうすると合計で……十二万三千六百三十円だけど……思い切って、十二万でいいや。もう、大サービスだ!」
 拓磨は電卓を少女の方へ向けながら、勢い良く言った。本当に、自分でも驚くほどのサービス振りだ。一見の客かも知れないこの少女に、なんでそこまでするのだろう。彼自身、不思議で仕方がない。
「ホントに、ありがとうございます。支払いは現金で、今日していきます」
「こちらこそお買い上げ頂きまして、ありがとうございます。あとは登録しなきゃならないから、名前と住所、書いてくれる?それから、連絡先の電話番号も。そうだな……取り寄せて、四日くらいで出来上がるけど、配達する?」
「いえ。四日なら、夏休み最後の日だから、取りに来ます」
 少女は話しながら、言われた通りに書いていく。名前は、槙本沙弥伽。住所は……。
 それを見ながら、拓磨はおやっと思った。
「結構、遠くから来たんだね。もっと家の近くにも、バイク屋あると思うけど」
「そうですけど。ここは修理とか、アフターサーヒスもしっかりしてて、安心だって聞いたから。かなりサービスもして貰ったし、やっぱりここに来て良かった」
 ニコニコと嬉しそうに話す沙弥伽の言葉に、拓磨だって悪い気はしない。
「修理の事なら任せといて。何かあったら電話くれれば、すぐに飛んでいくから」
 実際拓磨にとって、修理はお手の物だ。更には、カスタマイズまで手掛けている。バイクの事なら、分からない事はない。
 元々沢口オートは、拓磨の父親が経営する店だった。その環境から、彼も自然とバイクに興味を持ち始める。免許を取得出来る年齢になると、当然の如くバイクに乗るようになった。そして高校卒業と同時に、父親の店を手伝うようになったのだ。
 その父親も、半年前にガンで急逝した。以来、独りでこの店を切り盛りしている。母親も、彼が子供の頃に病死していた。
 独りになった悲しみは、忙しさが紛らせてくれた。バイク相手の仕事そのものにも、問題はない。ただ、財務関係の事は、生前父親が全てやっていた。だから、慣れないそれには、頭が痛いのだ。ついつい、後回しにしがちになる。
「それじゃ、十二万円。お確かめ下さい」
 沙弥伽が差し出した代金を、拓磨は手際よく数えた。
「十二万、確かに。じゃぁ、出来上がりは三十一日。一応、電話するから。ケータイだね」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げてから、店を出ようとする沙弥伽。
 その背中に、拓磨が冗談めかして声を掛ける。
「そうそう。ヘルメット、忘れないようにね。乗って帰れないから」
「そうですね、フフフ」
 沙弥伽が、可笑しそうにニッコリと微笑んだ。なんとも言えず、愛らしい笑顔。
 拓磨の胸の片隅が、チクリと痛む。久しく忘れていた、感情だった。

 夕食を済ませ、拓磨はくつろいでいた。八時に店を閉めてからなので、いつも食事は遅くなる。
「そうか、今日来たあのコ。どことなく、雰囲気が摩耶に似てたから、前に会ったような気がしたんだ」
 缶ビールをグーッと空けながら、写真に向かって呟いた。胸の片隅が痛んだのも、そのせいか。写真の中では、高校生くらいの女の子が、海をバックに微笑んでいる。
 坂下摩耶。拓磨と同い年の、幼馴染みだ。物心が付く頃には、既に一緒に遊んでいた。大の仲良しだったが、小学生になると、変に男子女子の感覚が芽生えてくるものだ。一時期は、反発し合ったりもした。それでも長じるにつれ、元の鞘に収まっていく。やがて中学生になると、今度はお互いを、男と女として意識するようになった。それはごく自然な感じで、恋人同士へと発展していく。高校も同じところを受験し、二人とも無事合格。交際は、順調に続いていくかに思えた。しかし、その年の秋…………。
 拓磨と遊んでいるうちに、摩耶も幼い頃から、自然とバイクに慣れ親しんでいた。小学生の頃から、いずれは二人でツーリングしようと、話し合っていたのだ。そして高校一年の夏休み。二人は見事、自動二輪の免許を取得した。やがて二学期が始まって間もなく、四百CCのバイクを、揃って購入する。勿論、沢口オートで。
 待ちに待った、初めてのツーリング。初秋の空は、雲一つない快晴。拓磨と摩耶は、海までバイクを走らせた。片道三時間の、快適で心地良い旅。
 海では波と戯れたり、写真を撮り合ったりして、楽しい時間を過ごした。
 そして、その帰り道。悪夢は起こってしまう。
 家まで、あと十五分ほどの道のりまで来た頃。右カーブに差し掛かったところだった。大型トラックが、センターラインを大きく越えて、突進してきたのだ。
 先行していたのは摩耶だった。カーブの死角から、突然目の前に現れたトラック。気づいた時にはもう遅い。殆どノーブレーキのまま、彼女は避けきれずに突っ込んでいった。
 病院へ運ばれたが、生きているのが不思議なくらい、瀕死の状態。
 そして一時間後。医師の懸命な処置の甲斐もなく、摩耶は息を引き取った。
 事切れる直前に意識を取り戻し、途切れ途切れながらも、懸命に発した言葉。
『拓磨…悲しまないで……いつもそばにいるから……見守ってる…だから、安心して……愛してるわ……た…く…ま…………』
 拓磨は、決して忘れた事がない。
「もうすぐ、十年になるんだな……」
 再び、写真に語りかけた。摩耶はもう、その中にしかいない。あの日行った海で、最後に撮った写真。
 十年……。それは拓磨にとって、とてつもなく辛い、そして、果てしなく長い時間だった。いや、これからも続いていくのだ。彼に、命ある限り。
 勿論、あれから素敵な女性との出会いも、何度かあった。心惹かれた事もある。しかし、その度に摩耶の面影を思い出し、付き合うまでには踏み切れなかったのだ。
 拓磨の恋人は、あの時摩耶が乗っていたバイク。それだけで充分だった。いや、それしかなかったのだ。
 無惨にひしゃげた新車。彼はそれを持ち帰り、長い時間を掛けてレストアした。たった一人でコツコツと。気の遠くなるような作業だった。
 以来メンテナンスを欠かさず、完璧な状態にチューニングしてある。一緒に走った自分のバイクは、乗り潰してとっくに廃車にした。けれど摩耶のそれは出来なくて、今でも時々乗っているのだ。まるで彼女と、タンデム走行するように……。
 拓磨は、六歳で母を失った。十六歳の時に恋人も。その十年後には、父までもが逝ってしまった。愛する人が三人までも、自分の元を去る不幸。しかも、十年という歳月ごとに。それも定めなのだろうか。そんな運命が、無性に恨めしい。悲しみを通り越して、怒りさえ覚える。けれど、それをぶつける場所は、どこにもない。いつしか、諦めにも似た笑顔によって、装われるようになっていた。
 それが、仕事をするという事だ。バイクを相手にする。そして客という、人を相手にする事。拓磨にとっては、生きているという辛い事実の証が、そこにあるのだ。
「摩耶……いつになったら、こんな状況から俺を救い出してくれる……」
 拓磨は、苦しい胸の内を吐き出した。いつもしまいには、決まってこうなるのだ。
 けれど、摩耶は微笑んでいるだけで、決して答えてはくれない。

  ―つづく―



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GBA応募作品 スピリチュアルな恋人たち 2 [GBA応募小説]

「こんにちは」
 その声に、拓磨は振り返った。
「いらっしゃい。出来てるよ」
 声を掛けてきたのは、勿論沙弥伽だ。
 拓磨も、今日はパソコンに向かっていない。常連客のバイクを、カスタマイズしているところだった。油で汚れた手を、着ているツナギで拭う。しかし、それだけではさすがにマズイと思ったのだろう。
「ちょっと待ってて。手、洗ってくるから」
 そう言うと奥へ引っ込み、業務用の石鹸で入念に手を洗ってから、再び姿を見せた。
「お待たせ…それにしてもそれ、凄いの買ってきたね」
 拓磨が指差したのは、沙弥伽の手にするヘルメット。なんと、フルフェイスだ。原付きバイクに乗るには、ちょっと大袈裟かも知れない。
 さすがに沙弥伽も、その点に関しては分かっているようだ。
「やっぱり、原付きには似合わないですか」
 はにかむように言ったあと、更に続ける。
「けど、顔が見えないから都合がいいんです。うちの高校、バイク禁止だから」
「それで、大丈夫なの?禁止なのに乗って」
「平気です。あたし学校ではいいコにしてるし、優等生で通ってるから」
 沙弥伽は平然とした顔で、臆面もなく言った。
 拓磨が、ちょっと揶揄するように笑う。
「なるほど。俺がいちいち口出す事じゃないか」
「柏葉高校。沢口さんの、後輩です」
 何を思ったのか、沙弥伽が突然そんな事を言った。
「へぇ。俺が柏葉出身だって、良く知ってるね。それにしても、未だにバイク禁止か。まぁ、当然だろうけど。当時からバイクに限らず、校則厳しかったし」
「沢口拓磨。柏葉高校で、唯一退学になりそうになった生徒」
 沙弥伽が、悪戯っぽい口調で言った言葉。確かにそれは、事実だった。
 摩耶の事故の一件で、拓磨がバイクに乗っている事も、学校側に知れてしまったのだ。退学の話も出たが、免許証を学校に預ける事を条件に、停学処分で済んだのだった。
(あの時、いっその事退学になれば良かった)
 そんな考えが、拓磨の頭をよぎる。摩耶のいない、そしてバイクにも乗れない高校生活は、ひたすら苦痛でしかなかった。自主退学しなかったのは、父親にあくまでも反対されたからだ。あの頃を思い出すと、やりきれないほど陰鬱になる。
 そんな気持ちを吹っ切るように、
「参ったなぁ。なんで、そんな事まで知ってるんだい?」
 拓磨は殊更陽気に訊ねた。
 しかし沙弥伽は、当たり前のような顔をしている。
「柏葉じゃ、有名な話です。伝説になってますよ」
「そんなはず、ないと思うんだけど」
 確かに、摩耶の悲惨な事故も手伝って、当時は学校中の話題になった。しかしそれも、ほんの数ヶ月の間だけの事。拓磨が卒業する頃には、すっかり忘れられていたはずなのだ。伝説なんて、そんな大袈裟な話になっているわけがない。
「ホントですよ。じゃなきゃあたしが、沢口さんの名前や柏葉出身だって事も、知ってるわけないじゃないですか」
「そりゃそうかも知れないけど……まぁ、いいか」
 妙に納得しながら、拓磨はその話題をヤメにした。深く考えてみても仕方がない。そんな話、今更どうでもいい事だし。話を、商売の方へ戻す事にする。
「それじゃ、操作の仕方を、簡単に説明するから」
「はい。お願いします」
 沙弥伽もその気になった。自分の愛車になる、原付きバイクの傍らに立つ。
 拓磨は、エンジンのかけ方に始まり、オイルの注ぎ足し方に至るまで、一通り説明した。最後に、ビニールに入った二通の書類を手渡す。
「あと、これが自賠責保険証。コピーの方は、常にバイクに携帯しといてね」
「分かりました」
 受け取った保険証書を、沙弥伽は後ろのトランクボックスにしまった。
「何かあったら、遠慮なく連絡して。それじゃ、慣れないうちは気をつけてね」
 そう言って送り出そうとした拓磨だったが、
「あのう……」
 沙弥伽は、まだ何か言いたそうに俯いている。
「何?どうしたの?聞きたい事があるんなら、遠慮なく言ってよ」
 拓磨の態度は、どこまでも気さくだ。
 沙弥伽も、勇気を奮って決心を告げる事にする。
「あたしを、ここでバイトさせて下さい。お願いします」
 突然の言葉に、拓磨は驚いた。そんな事を言い出すとは、思ってもいなかったのだ。それは当然だろう。
 確かに、独りで店をやっていくのは大変だ。人手は欲しい。けれど、高校生の女の子を使うのは、色んな意味でどうかと思う。遠回しに、断る事にする。
「だけど柏葉って、バイト禁止じゃなかったっけ?」
「そう…ですけど……」
 一瞬言い淀んだあと、沙弥伽の表情が、急にパッと明るくなった。どうやら、いいアイデアを思いついたらしい。
「あっ!バイト代いらないです。それなら、バイトにならないでしょ?どうせ平日は、学校終わってからじゃないと来られないし」
「いくらなんでも、タダ働きってわけにはいかないよ。大体、なんでこんな薄汚れたバイク屋なんかで、働きたいんだい?君みたいなコに相応しいトコなら、他にいくらでもあるだろ?」
「それは……」
 沙弥伽は、再び言葉に詰まった。
 拓磨の疑問ももっともだ。なんて答えればいいだろう。
(あなたの事が好きだから、少しでもそばにいたい)
 喉元まで出かかった言葉を、グッと呑み込む沙弥伽。
 実のところ、本気でそう思っていた。家から遠いこの店までバイクを買いに来たのも、それが理由だ。店の評判は確かにいいが、決してそれを聞きつけたからではない。
(この際、本当の事を言ってしまおうか)
 内なる自分に、問い掛けてみた。答えが、脳裏に浮かぶ。
(それはダメ。却って、拒絶されてしまうかも知れない)
 その思いに突き動かされるように、
「バイク…そう、バイクに興味があるので、色々覚えたくって」
 結局、ウソをついた。相手の出方が気になるが、今はそれしか考えつかない。
「バイクに興味がねぇ……まぁ確かに、もう一人誰かいてくれると、助かるけど」
 拓磨は、沙弥伽の真意を量りかねているようだ。それはすなわち、迷っているという事でもある。
 その点を敏感にキャッチして、
「そうでしょ。店番、電話番、なんでもやります。掃除だってするし、いると便利ですよ」
 沙弥伽は押しの一手に出た。使って貰えるなら、と言うよりも。そばにいられるのなら、なんだってするつもりでいる。
 そんな切ない乙女心など、知る由もない拓磨。
「そこまで言うんなら、やって貰おうかな。勿論、無報酬っていうわけにはいかないから、バイト代は払うよ。もっとも、そんなに多くは出せないけど」
 彼女の熱意にほだされて、雇う事を承諾した。
 喜んだのは沙弥伽だ。と言うよりも、ホッとしたのが正直なところか。
「ありがとうございます!柏葉高校一年三組槙本沙弥伽。一生懸命頑張ります!」
 つい、おどけた調子で言ってしまった。
 しかし、それが却って、拓磨には可愛く映ったらしい。同じような口調で返す。
「一年坊主か、しっかり頑張りなさい。それで、いつから働く?」
「勿論!たった今から」
 沙弥伽は自信を持って、嬉しそうに答えるのだった。

 二学期の初日。
「それじゃおばさん、行って来まーす」
 元気に言って、沙弥伽は玄関を飛び出した。
 叔母の家からなら、高校まで歩いて五分とかからない。
 自宅からここまで、バイクに乗ってくるのだ。私服にフルフェイスで通い、制服に着替えて学校へ行く。終わったらまた私服に着替えて、沢口オートへ直行。それが沙弥伽の計画だった。多少のリスクは伴うが、我ながらいいアイデアだと思っている。
「おっ、沙弥伽。おはよう」
 校門を入ったところで、丁度やって来た、親友の飯田祐里子に声を掛けられた。
 沙弥伽も、気軽に返す。
「おはよう」
「ねぇねぇ沙弥伽。夏休みの宿題、終わった?」
 祐里子の問いかけに、早速来たかと、沙弥伽は思った。案の定、彼女は終わっていないのだ。しかし、そうは言わない。どうせ、向こうから切り出してくるに決まっている。
「終わったわよ」
 ただ素っ気なく、そう答えただけ。
「さすが、優等生。実はあたしさぁ、数学がまだなんだ。あとで見せてくれる?」
(やっぱりね)
 沙弥伽は密かに可笑しくなりながら、
「いいけど」
 再びあっさりと言った。どうせ、そのつもりでいたのだ。
「助かったぁ。やっぱり、持つべきものは友ってね。休み中、遊び過ぎちゃってさぁ。いやぁ、マジヤバイ」
「祐里子。大学生の彼氏、出来たんだもんねぇ。そりゃ、遊びたくもなるわ」
「そう言うアンタはどうなのよ。結局、男なしと見たけど。あんなにモテるのにさぁ。誰一人、相手にしないじゃん。男に興味ないワケ?それとも、密かに本カレがいるとか」
 祐里子の言葉に、沙弥伽は拓磨を思い浮かべた。
(彼氏じゃないか、まだ。でも、あたしにとって、運命の人……)
 そんな事を考えながら、別の言葉を口にする。
「いないわ、そんなの。残念ながらね」
 たわいもない会話を祐里子としながら、沙弥伽は昇降口を入った。下駄箱を開けると、何かがバサバサと落ちる。それには委細構わず、上履きを出して履き替え、代わりに靴をしまった。それからやっと、落ちたものを面倒臭そうに拾い上げる。それは、手紙だった。十通ほどもあるだろうか。
「また、ラヴレター?新学期早々、みんな良くやるわ。どうせ、ゴミ箱直行なのに」
 冷やかすような、祐里子の言葉。
 沙弥伽が、微かに唇を尖らせる。
「そんな事ないわ。一応は、ちゃんと読んでるもん」
「一応はでしょ?けど、付き合う気なんて、サラサラないんだもんね、どいつとも」
「だって。手紙だけじゃ、誰がどんな人だか、分かんないじゃない。クラスの男子以外、全然知らないもん」
 確かにその通りだった。しかも、同じクラスの男子は、ラヴレターをくれた試しがない。存在が近過ぎる為、却って照れ臭いのだろう。それにもし断られたら、そのあとも顔合わせるのに、バツが悪い。だからクラスの男子は、沙弥伽に想いを寄せている者も、当たり障りのない接し方をしてくるだけだった。
「それじゃ、いっその事。沙弥伽ラヴな連中みんな集めて、面接しちゃおうか。これはと思うヤツも、もしかしているかもよ」
 祐里子の無責任な提案を、
「何バカな事、言ってんのよ。そんな失礼な事、出来るわけないじゃん」
 沙弥伽は笑いながら否定する。
 しかし祐里子は、思いの外真剣だ。それに興味津々といった感じで、
「そっかなぁ。案外みんな、やる気バリになると思うけど」  
 尚も食い下がる。それを、
「いい加減にしなさい。とにかくあたしには、そんなバカげた事をするつもりはないわ。何様じゃあるまいし」
 沙弥伽は言下に否定した。同じクラスも含めて、学校の男子には興味がないのだ。想いを寄せているのは、なぜか運命の人と呼ぶ、沢口拓磨だけだった。

  ―つづく―


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GBA応募作品 スピリチュアルな恋人たち 3 [GBA応募小説]

「おはようございまぁーす」
 沙弥伽が元気に声を掛ける。
「おはよう……って、時間じゃないだろ」
 拓磨がすかさずツッコミを入れた。今日もバイクのカスタマイズに余念がない。
「じゃぁ、なんて言えばいいんです?」
「そりゃやっぱり、こんにちは……ってのも、変か」
「でしょ。従業員が雇い主に、こんにちはじゃ。道で通りすがりの挨拶じゃないんだから」
「確かに……してみると、こういう時の適切な挨拶ってのはないんだな、日本語には」
 などと良く良く考え込む拓磨に、
「あんまり深く考えると、ハゲますよ」
 沙弥伽は軽い口調で、ヌケヌケと言った。もうすっかり、打ち解けたつもりでいる。
「その心配はないよ。うちは、ハゲの家系じゃないから」
「そうですか…コーヒーでも、入れますね」
 要領のいい沙弥伽は、沢口オートをたった一日で、勝手知ったる場所にしていた。
 手際良く、アイスコーヒーを二つ作る。それを、拓磨がいる近くのテーブルへ運んだ。作業をしている背中へ、声を掛ける。
「拓磨さん、出来ましたよ。休憩して下さい」
「えっ?あっ、あぁ」
 久しく名前で呼ばれた事がない。しかも女の子に。拓磨は、ちょっと戸惑ってしまった。
それでも作業の手を休め、椅子に腰掛ける。コーヒーを一口飲むと、
「美味い。沙弥伽ちゃん、コーヒー入れるの、上手だね」
 ニッコリと、白い歯を見せながら言った。
 沙弥伽も、つられて微笑む。
「そうですか。良かった」
 その時、電話が鳴った。すかさず、沙弥伽が取りに行く。
「ありがとうございます、沢口オートです…はい……ええ、おります。少しお待ち下さい」
 そう応対したあと、送話口をふさぎながら、
「遠藤さまから、お電話です」
 作業場に向かって告げた。
「ありがと」
 言って、拓磨が電話を替わる。
 聞こえてくる電話のやり取りは、どうやら常連客とのもののようだ。カスタマイズがどうのと言っているから、多分今整備しているバイクのオーナーだろう。
 沙弥伽には、取り敢えず関係がない。それより、気に掛かる事があった。
 拓磨が電話を終えると、早速聞いてみる。
「今の人、社長って呼んでました。あたし、全然知らなかった。やっぱり、そう呼んだ方がいいんですか?」
「別に、拓磨でいいよ。社長って感じじゃないだろ?」
 拓磨は、至って気安くそう答えた。
「でも…やっぱり拓磨さんじゃ、ちょっと馴れ馴れし過ぎるかと……」
「それでいいんじゃない?そんなに構えなくても。こんな小さな店の主でも、持ち上げて社長って呼ぶのが、習慣なだけなんだ。別に深い意味はないから。拓磨さんでいいよ」
「それじゃ、拓磨さん。そう呼ばせて貰います」
 嬉しそうに言って、沙弥伽が立ち上がる。
「あたし、掃除してますね」
「あぁ。頼むよ」
 拓磨も答えて、再びバイクに向かった。やっと、仕上がりも間近なところまで来ている。
「ちわー」
 表で声がした。どうやら、お客さんらしい。その言葉からして、常連さんのようだ。
 沙弥伽が応対に出る。
「いらっしゃいませ」
「あれ?君、見かけない顔だけど。そう言えば、電話に出た人?」
「あぁ、遠藤さまですね。きのうからバイトしてます、槙本と言います。どうぞよろしくお願いします」
 沙弥伽は、丁寧に頭を下げた。
 客の名前は、遠藤陽介。拓磨と、同じ年格好の男だ。
「こちらこそ。社長は、作業場?」
「はい、そうです。どうぞ」
「ありがと」
 言って遠藤は、奥へ入っていく。
 沙弥伽は、改めて掃除に取り掛かった。せっせと、中古のバイクを磨き始める。
「社長。随分と可愛いコ、雇ったじゃない。隅に置けないな」
「何言ってんだ、陽介。別に、そんなんじゃないさ。原チャリ買いに来た高校生なんだけど、どうしてもバイトしたいって言うもんで」
 入ってくるなり冷やかす遠藤に、拓磨は空惚けて見せた。
「なるほど、高校生とはねぇ。犯罪にならんように、せいぜい気をつけた方がいいぜ」
「別に。高校生をバイトに雇ったからって、犯罪にはならないだろ」
「何惚けてんだよ。俺が言ってるのは、性犯罪の事」
 遠藤が、からかうようにニヤリと笑う。いつもの軽口だ。
 拓磨も、合わせるように笑った。勿論沙弥伽に対して、そんな気はない。
「バカ言うな。それより、あとはウィンカーをつければ、終わりだ」
「さすがは、沢口オート。いつもながら、いい仕事してるねぇ」
「そう言うのは、まだ早いぜ。乗って見なきゃ、分かんないだろ」
 愛車を見ながら褒めそやす遠藤に、拓磨は冷静な口調で言った。それでも、顔はニヤニヤしている。自分の腕には、それなりに自信があるのだ。
「見りゃ分かるさ。お前さんの腕は、信用してるからな。おヤッさん譲りだ」
「さぁ、終わりだ。まぁ、乗ってみろや」
「そうするか。楽しみだな」
 遠藤は、早速愛車に跨った。エンジンをかけると、地を這うような排気音が響き渡る。「いい音だ。それじゃ、試運転してくるか」
 そう言い残すと、愛車を駆り、颯爽と出て行った。
 拓磨が、表へ出てそれを見送っていると、沙弥伽が声を掛けてくる。
「常連さんですね」
「ヤツとは、高校からの付き合いでね。常連は、他にも沢山いるよ」
 拓磨は穏やか答えた。既に見えなくなった遠藤のバイクを、嬉しそうに目で追っている。
「あたしも、早く覚えなくちゃ、常連さんの事」
 敬愛する男の横顔を見つめながら、沙弥伽は自分に向かってそう言った。

 沙弥伽がバイトを始めて、最初の土曜日。今日は開店前に出勤、働いている。
 この数日で、常連客の顔と名前も結構覚えた。
 それにしても拓磨は、常連さんとただ喋っている事が多い。沙弥伽にもそれが、段々分かってきた。初めの頃は作業をしていたが、実際はその方が珍しいようだ。
 今日も拓磨は作業場で、常連さん二人と、バイク談義に花を咲かせている。一人は、例の遠藤。もう一人は五十絡みの男で、白石勝夫と言う。父親の古い親友で、彼も子供の頃から可愛がって貰った。父親が亡くなった今では、親代わりといった側面もあるらしい。
 沙弥伽は、いつものようにコーヒーを出してから、店舗の方へ戻った。一応は、店番のつもりでいる。もっとも、飲み込みの早い彼女は、充分その役割を果たしていた。
(あっと、お客さんだ)
 見れば、三十前後の男が一人、中古の原付きバイクを物色している。けれど、こちらからは声を掛けない。客の方から、その気になって話しかけてくるのを、待つのだ。相手が迷っているうちに出しゃばると、却って気持ちを引かせてしまいかねない。
 そこのところを、沙弥伽は既に心得ていた。とはいえ、取り立ててする事もない。手持ちぶさたで、客を眺めているのも不自然だ。取り敢えずカウンターに腰掛けて、古典の宿題でも始める事にする。
 五分ほども経っただろうか。
「あのぅ……ちょっといいですか?」
 客が、遠慮がちに声を掛けてきた。
 沙弥伽は、そこで初めて気が付いたように、ニコニコと愛想良く応対する。
「はい。いらっしゃいませ」
「中古の原チャリが欲しいんだけど」
 沙弥伽を、高校生のバイトと見て取ったのだろう。どことなく、頼りなさげに感じているのが、声の調子から伺えた。
 勿論沙弥伽は、そんな事くらいでめげてはいない。
「表の値札が付いてる二台以外は、全て中古です。お気に召したのが、ございました?」
 明るく、それでも丁寧に答えた。
「なるべく、新しいのがいいんだけど。一番前に並んでるヤツなんか、そうかな」
「そうですね。新車の隣に並んでる二台が、去年の型です。シルバーの方が、税込み八万四千円。ブルーの方が、八万九千二百五十円になります」
「そう…でも、見たところ同じ車種で、両方ともキレイだし。なんで値段が違うんだい?」
「走行距離が違うんです。シルバーの方は、大体千三百キロ。ブルーの方は千キロくらい」
 客の質問にも、慌てる事なく即座に答える。沙弥伽の応対は、なかなかそつがない。
 それで客も、安心したのだろう。
「なるほど。そうだなぁ…もう少し安くしてくれたら、どっちかに決めちゃうんだけど」
 いきなり、値引き交渉と来た。
 勿論、沙弥伽に値段を決める権限などない。それでも、ここで拓磨を呼んだりはしなかった。チャッカリと、提案をし始める。
「そうですねぇ。これがギリギリのトコなんですけど……分かりました。私から店主に、なんとか交渉してみましょう」
 さり気なく、値引きが難しい点を強調するのも忘れなかった。
 それからその客を、作業場へ案内する。
「こちらへどうぞ」
 思惑通り、相手は期待と不安の入り交じった顔をしながら、付いてきた。
 沙弥伽は大真面目な顔をしながら、早速話を持ち掛ける。
「社長。こちらのお客様が、表のディーノのどちらかをお買い上げになりたいそうなんですけど。どうです?もう少し、安くなりませんか?なかなか、厳しいとは思うんですけど」
 それを聞いた拓磨は、思わず目を見張った。客に代わって、店員が店主と値段交渉をするなんて、聞いた事もない。遠藤や白石と、交互に顔を見合わせる。
 遠藤とともに、一瞬驚いた白石。しかし、さすがに人生経験も豊富だ。
「どうする?二代目。サヤちゃんに言われちゃ、出来んとは言えまい?」
 ニヤニヤしながらも、けしかけた。
 ちなみにこの御仁。拓磨を二代目、沙弥伽をサヤちゃんと呼んでいる。
「そうですね。なかなか厳しいんですが、なんとかしましょう。こちらへどうぞ」
 拓磨も、沙弥伽の話に合わせるように言って、立ち上がった。
 彼が客と店の方へ消えると、沙弥伽が不安そうな顔を白石に向ける。
「あんな事して、マズかったでしょうか?」
「そんな事ないよ。サヤちゃん、なかなか商売上手だ。中古は新車なんかより、ずっと利幅が大きいから、多少安くしたって平気なんだ」
「それより、売れる事の方がよっぽど大事ってトコかな。それにしても恐れ入ったよ、沙弥伽ちゃんの型破り商法。かなりの大物と見たね」
 白石に太鼓判を押され、遠藤にも一応褒められて、
「そうですか……でも、良かった」
 沙弥伽も、ホッと一息ついた。でも、拓磨の言葉を聞くまでは、まだ安心出来ない。
 しばらくして、商談を済ませた拓磨が戻ってきた。
「結局、ブルーの方が五千円引き、八万四千円で売れたよ。しかも、即金で払ってくれた」
 そう話す顔は、満面の笑み。実に嬉しそうだ。
「あたし…出過ぎたマネだったでしょうか?」
 不安げに訊ねる沙弥伽を、すかさず白石がフォローする。
「そんな事ないって、今も話してたんだ。なかなかの、商売上手だって。なぁ」
「そうそう。いいコを、雇ったもんだ」
 遠藤も加勢してくれた。
 実際拓磨だって、同じように考えている。
「ホントだ。あれが売れたのは、沙弥伽のお陰だよ。あのお客だってさ。お前に乗せられたって、言ってたぞ」
 それを聞いて、沙弥伽はやっと本当に安心した。
「良かった」
 それと、口には出さないが、沙弥伽と呼び捨てにしてくれた事も嬉しい。
「二代目。いい嫁さんが見つかって良かったな」
「な、何言ってんだよ、オッちゃん。そんなワケないだろ。沙弥伽はまだ高校生だぞ。冗談にしても、引いちゃったらどうすんだ。今バイト辞められたら、正直困る」
 からかう白石に、拓磨は多少ムキになりながら抗議した。
「で、沙弥伽ちゃんはどうなの。こんなトコでバイトするって事は、社長に満更でもないんじゃないかと、思うんだけど」
 今度は遠藤が、沙弥伽に話を向ける。
「そうですよ」
 何を思ったのか、澄まし顔で本音を漏らしたあと、
「なぁんちゃってね」
 結局沙弥伽は、冗談にしてしまった。
「いい加減に、その話はヤメ。そろそろ昼だから、メシでも食いに行こう、沙弥伽。原チャリ一台売ってくれたから、寿司でもおごっちゃおうな」
 思いがけない拓磨の言葉に、沙弥伽が目を輝かせる。
「ホントですか?ラッキー!」
「勿論、回転だけどね」
「それでもいいです。あたし、回転寿司しか行った事ないし」
「それじゃ行ってくるから、店番頼むよ」
 拓磨は、白石と遠藤に向かって、遠慮なく言った。いつもの事だ。
「おう、任せとけ。ゆっくりと、よろしくやって来い」
 相変わらず、遠藤の冷やかし気味の言葉を受けて、拓磨は作業場を出た。
 沙弥伽も、ウキウキとあとを付いていく。

  ―つづく―


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GBA応募作品 スピリチュアルな恋人たち 4 [GBA応募小説]

「拓磨さん。いつも外食ばっかなんですか?自炊とか、しないの?」
 テーブルに着くと、お茶を酌みながら沙弥伽が訊ねた。
「こう見えても、ちゃんと自炊してるよ。母親を、早くに亡くしたからね。子供の頃から、家事はやらせられた。ただ、昼はヒマがないだろ?それに、誰かいてくれるし。だから外で食べたり、弁当買ってきたり。独りの時は、出前取ったりね」
「なぁんだ、つまんない。あたしが食事、作ってあげようと思ったのに」
 沙弥伽の不満げな言葉を、からかうように笑う拓磨。勢い、冷やかすような口調になる。
「へぇ。そんな事言って。沙弥伽こそ、料理出来るのか?」
「あっ、バカにしてる。あたしだってこう見えて、料理得意なんですッ……あっと、玉子が来た」
 断固宣言しながら、沙弥伽は玉子の皿を取った。
 拓磨もサーモンに手を伸ばしながら、更にからかってみる。
「ホントかなぁ。包丁も持った事ないように、見えるけど」
「信じないんならいいですよ。これから学校休みの日は、お弁当作って来てあげます」
 平然と言ったあと、今度はエビを取る沙弥伽。
 拓磨はニヤニヤと笑いながら、ハマチを選んだ。
「何が可笑しいんですか?…あっ!やっぱ、信じてないんだ」
「いや、そうじゃないよ。上手く行ったと思って。これで昼飯代、助かる」
「そうでしょ。あたしも、そのつもりですもん」
 飽くまでもからかおうとする拓磨に、沙弥伽も負けてはいない。その手には乗らず、冷静に言い返している。しかも、相手の話に合わせるように。
「そうか。けど良かったよ、ホントに」
 拓磨は、やっと真面目な顔になって言った。イクラの皿を取ってから、流れていく寿司をただ見ている、沙弥伽にも勧める。
「どんどん食べなよ。遠慮しなくていいんだぞ」
「食べますよ。待ってるんです」
 そう答えながら、沙弥伽は更に寿司の行列を眺めていた。やがて狙い澄ましたように、立て続けに流れてきたエビと玉子を、ゲットする。
「エビと玉子ばっか。もっと色々食べていいのに。トロとかタイとか、高いのだって」
「エビと玉子が好きなんです」
 それを聞いて、拓磨は摩耶を思い出した。
(そう言えば、アイツもそうだったなぁ。良く、からかったっけ)
 そのからかった言葉を、思わずそのまま口にする。
「お子ちゃまだな」
「ほっといて下さい。好きなものは好きなんだから、しょうがないでしょ」
 沙弥伽は、プッとふくれた。相変わらず、頑なにエビと玉子だけを選んでいる。
「ハハハハ。怒ったのか?」
「別に……それより、何が良かったんです?さっき、そう言ったでしょ」
 そこで沙弥伽は、意識したようにニッコリと微笑んだ。楚々とした笑顔だ。それでいて、魅入られるような妖しさもある。
 拓磨は、ゴクリと喉を鳴らした。辛うじて、笑顔を取り繕う。
「あぁ、あれ……いやね。白石のオッちゃんや遠藤にからかわれて、ホントに引いちゃうんじゃないかと思ったんだ。けど、そうでもなさそうなんで、ホッとしたんだ。とにかく良かったよ、沙弥伽の機嫌を損ねなくて」
「引いたり怒ったり、するワケないですよ。だって…その通りだもん」
「へっ?」
 思いがけない沙弥伽の言葉に、拓磨は間の抜けた返事をした。
「だから。白石さんの、いいお嫁さんはオーバーだけど。遠藤さんの、こんなトコでバイトするのは、社長に満更じゃないからってのは、当たってます。って言うか、ハッキリ言って好きです、拓磨さんの事」
 拓磨を真正面から見つめながら、沙弥伽は毅然としている。照れた様子は、微塵もない。
 却って拓磨の方が、ドギマギしてしまった。自分の方が十も年上なのに、こういう時に限って、男の方が意気地ないものだ。
「お、大人を…からかうな」
 そんな決まり文句しか、思い浮かばない。
「別にいいです。信じてくれないんなら、それでも。けど、あたしはマジですから。そのつもりで」
 沙弥伽は、堂々と言い放った。あとはエビと玉子を、交互に食べている。
 拓磨の方は、すっかり食欲が失せてしまった。高校生に告白されて、どうしたものか。考えても困惑するばかりで、お茶を飲んでいるしかない。
 やがて、食事を終えた両人。エアコンの効いた店内から外へ出ると、うだるように暑い。ジリジリと照り返すアスファルトのせいで、むせ返るようだ。
 二人が沢口オートへ戻るのを、一人の男が見つけて、あとを付けてきた。どうやら目当ては、沙弥伽の方らしい。身を隠すようにしながら、その動向を観察している。そして、彼女が働いているのを確認すると、満足そうに笑いながら、その場を離れていった。

 月曜日の放課後。
 沙弥伽が下駄箱を開けると、待ってましたとばかりに、ラヴレターがこぼれ落ちた。朝より、放課後の方が多い。いつものように、靴に履き替えてから、それらを拾い上げる。
「相変わらずモテモテだな、槙本」
 その声に振り返ると、クラスメイトの石山純一だった。
 沙弥伽は素っ気なく返す。
「なんだ、石山か。なんか用?」
 お調子者で、そのくせ陰険なところのあるこの男子。ハッキリ言って、あまり良く思っていなかった。
「別に。ただ、挨拶をしただけだろ。悪いか?」
「そう。なら、さよなら」
 再びあっさり言って、歩き出す沙弥伽。
 石山があとを追ってきた。もっとも、同じように校舎を出るわけだから、当然と言えば当然か。けれども、無遠慮に話しかけてくる。
「ちょっと、話したい事があるんだけど」
「何よ。ただ、挨拶をしただけなんじゃないの?」
「そう言うなよ。ここじゃなんだな。他の人に聞かれたら、マズイだろうから」
 執拗に言うと石山は、沙弥伽を階段下の陰に連れていった。
「ちょっと!なんなのよ、こんなトコへ連れ込んで」
 抗議の声を上げながら、沙弥伽は警戒するのも忘れない。もっとも、まだ生徒や教師が大勢残っている学校だ。変な事をされる心配もないだろう。取り敢えず壁にもたれながら、話を聞く事にする。
「しかし、どいつもこいつも良くやるよな。ラヴレターなんて、今時はやんないだろ。どうせ、読んでも貰えないだろうに」
「失礼ね。ちゃんと読んでるわ」
「けど、それだけだろ?どれが誰だか分かんない。それじゃ、ファンレターだ」
 実際その言葉通り、書かれている内容も、ラヴレターというよりファンレターに近い。
「何が言いたいわけ?」
 沙弥伽は、イライラし始めた。一刻も早く、こんな状況から抜け出したいのだ。
 しかし石山は、一向に気にする様子もない。悠然と構えながら、話を続ける。
「俺だったら、そんな事はしないな。直接相手に言うよ。なぁ、槙本。俺とどうだ?」
「はぁ?それって、コクッたって事?だったら答えはノー。他に用がないんなら行くわ」
 小馬鹿にした顔でハッキリと返事を告げ、沙弥伽はその場所を離れようとした。
 すかさず石山が、行く手を遮るように塞がってくる。
「ちょっと!どいてよ」
 沙弥伽が、石山の手を払い除けようとした。
 しかし、逆にその手首を掴まれる。
「まぁ、慌てるなって」
 石山は余裕を見せて、ニヤニヤと笑った。
 沙弥伽の胸に、恐怖が込み上げてくる。それでも、
「いい加減にして!」
 虚勢を張って、強気に出た。なんとも言えぬ、嫌悪感もある。
 勿論、そんな事くらいで、石山は怯んだりしなかった。逆に、ヌッと顔を近づけてくる。
「槙本。お前、バイトしてるだろ。沢口オートとかいうバイク屋で。土曜日に、偶然見かけたんだ。学校に知れたら、ヤバイんじゃないの」
 どうやら、あとを付けて沙弥伽を監視していたのは、石山だったようだ。
「なんだ、そんな事か。あれはバイトじゃないわ。ただ、手伝ってるだけよ」
「そうかなぁ。でも、学校側はそうは思わないぜ。あれは、完全なバイトだ」
「だったらどうなのよ。告げ口するつもり?」
 沙弥伽は、ぶっきらぼうに問いただした。石山の勿体ぶった言い方に、 いい加減腹も立っている。
「どうするかな。俺と付き合うってんなら、黙っててやってもいい」
「バッカじゃないの。そんなふうに、無理矢理付き合って、アンタ楽しいワケ?」
 沙弥伽は呆れて、吐き捨てるように言った。
 石山の言動は、要するに交換条件、脅迫まがいと一緒だ。
「まぁ、相手が槙本ならな。なんたって、柏葉一のアイドルだもんな、お前。そんなヤツと付き合えば、どんな形だって自慢になる」
「くっだらない。そんな事の相手をしてるほど、ヒマじゃないの。告げ口したけりゃ、勝手にすれば」
 沙弥伽は突っぱねた。バカバカしくて聞いてられない。もう、どうでも良くなったのだ。
「まぁ。取り敢えずは、ヤメといてやるよ。その代わり来週の水曜日、放課後ちょっと付き合ってくれればな」
 石山はしつこかった。まだ高校生だってのに、めげないというか、懲りない男だ。
「まだ言うんだ。それも、ヤダって言ったら?」
「ヤダって言えるかな。行き先を聞いたら、槙本だってその気になると思うけどなぁ」
 それを聞いて、ホトホト嫌気がさしていた沙弥伽も、多少興味を示す。
「どこなの?」
「これなんだけどねぇ」
 自慢げに言うと、石山はカバンから何やら取り出した。どうやら、コンサートチケットのようだ。
「相羽涼子の東京最終公演。二枚あるんだけど。確か槙本も、ファンだったよなぁ」
「へぇ。手に入ったんだ?凄いじゃん」
 沙弥伽は、石山の手からチケットを引ったくった。自分が置かれている状況も忘れて、見入っている。
 相羽涼子。デビュー当初は、ピアノが弾ける事を売り物にしたアイドル歌手だった。その後、音楽的才能が開花。自身で作詞作曲を手掛けるようになり、それらがことごとくヒットした。今では、日本一のビッグネームとして、ミュージックシーンに君臨している。当然ファンの数も圧倒的で、そのコンサートチケットを手に入れるのは、非常に難しい。
「慎崎竜も出るんじゃないかって、もっぱらの噂だぜ」
「ホント?もしそうなら、最高だわ」
 得意顔な石山の言葉で、沙弥伽は更に感情を高ぶらせた。
 慎崎竜は、シャドウ・ムーンというバンドの、カリスマ的なギタリストだ。相羽涼子とは、デビュー前から音楽的繋がりがあった。しかし、それだけではない。涼子は、竜との私的な関係、更には彼を愛する気持ち。それを最近になって、公にしたのだ。それに対する竜のリアクションが、ファンは元より、業界関係者の間でも注目されている。
 それほど熱狂的ではないが、沙弥伽も相羽涼子のファンだった。慎崎竜との関係にも、少なからず興味がある。勿論、コンサートだって行ってみたい。慎崎竜が出演するとなれば、尚更だ。そして、水曜日なら沢口オートも定休日だし、好都合というもの。だから、
「どうする?行くんだろ?」
 そう念を押されると、連れが石山なのもすっかりそっちのけで、
「行く行く!絶対行く」
 喜んでOKしたのだった。
「まぁ。今んとこは、これくらいでガマンしといてやるか」
 などと言いながら、満更でもない様子の石山。
 それでやっと解放された沙弥伽は、階段の陰から出た。
 丁度そこへやって来た祐里子と、顔を合わせる。
「ちょっと、沙弥伽!そんなトコで何してたの?しかも、石山なんかと」
 驚いている彼女に、
「別に、なんでもない」
 沙弥伽は、サラリとそう言った。そして、
「約束だからね、石山。忘れないでよ。それからあの事は、やっぱり内緒にしといて」
 更に釘を刺してから、校舎を飛び出して行く。
 沙弥伽と二人だけで秘密を共有出来た事に、石山は取り敢えず満足しているようだ。
 一人訳の分からない祐里子だけが、怪訝そうにしていた。

  ―つづく―


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GBA応募作品 スピリチュアルな恋人たち 5 [GBA応募小説]

 拓磨は店を閉めると、住まいの方へ上がった。
「おっ。随分と、美味そうな臭いがしてるじゃないか」
 キッチンへ向かって、声を掛ける。
「でしょ。もう大分煮込んだから、きっと食べ頃ですよ」
 言いながら、ニコニコと沙弥伽が顔を覗かせた。
 いい臭いの元は、カレーのようだ。
 先日の約束通り、沙弥伽は日曜日に弁当を作ってきた。それが拓磨から評判が良かった事に味を占め、今夜は夕食を作っているというわけだ。
 まずは得意のカレーといったところだが、
「まぁ。カレーなら、小学生だって作れるからな」
 拓磨は憎まれ口をたたいた。実際、その通りではある。
「なんとでも言って下さい。あたしのカレーレシピは、特別なんだから。食べたらきっと、驚きます」
 沙弥伽は平然と受け流し、カレーライスにした皿を二つ、運んできた。あとはサラダとミネラルウォーターを、テーブルに並べる。
「うん。なかなか、美味そうだな」
「どうぞ、召し上がれ」
 沙弥伽に促され、拓磨は早速食べてみた。
(あれ?この味……)
 以前、どこかで食べた事がある。そう思わせるような、懐かしい味だ。いつ、どこでだったか…………。
 難しい顔をしながら考えていると、
「美味しくないですか?」
 沙弥伽に不安げな顔で聞かれた。
 それで我に返る。その途端、拓磨は思い出した。そのまま告げる。
「いや、美味しいよ、凄く。ただ、なんとなく懐かしい味だったんで、考えてたんだ。やっと思い出した。大分以前だけど、付き合ってた彼女が、作ってくれた味と似てる」
「その写真の人……坂下摩耶さん…でしょ」
 沙弥伽が、テレビの横に飾ってある写真を指しながら言った。口調は淡々としている。
 それが却って、拓磨を驚かせた。
「どうして沙弥伽が…摩耶の事知ってるんだ?」
 もっともな疑問だったが、沙弥伽は落ち着き払っている。
「十年前、バイク事故で亡くなったんですよね。それがきっかけで、拓磨さんがバイクに乗ってる事も、学校に知れた」
「摩耶のバイク事故も、有名な話になってるってのか?」
「そうです」
 当たり前のように話す沙弥伽だが、拓磨にはやっぱり信じられなかった。マジマジと、彼女の顔を見つめる。それをかわすように、
「でも嬉しいな。あたしの作ったカレーが、摩耶さんの味と似てて」
 沙弥伽が話を戻した。更に、話題を変える。
「そうそう。今夜あたし、泊まっていきますから」
「えっ?泊まってく?……って。家で心配するだろ?」
 いきなり大胆な事を、しかも平気な顔で言われて、拓磨は慌てた。
 しかし当の沙弥伽は、尚も平然と構えている。
「だいじょぶです。友達の家に泊まるって言って来たから。だから、逆に今更帰れません。お泊まりセットも持って来たし。準備万端、オッケーです」
「それで、あのバッグなのか……」
 拓磨は妙に納得したように、それでも溜息をついた。
 いつもより荷物が多いと思ったら、そういう事だったのだ。
「だって、明日は土曜日ですよ。これから帰って、また明日の朝来るなんて、面倒臭いでしょ。それなら、いっそ泊まっちゃった方がいいと思って。実に合理的」
「まぁ、確かにそうだけど……」
 拓磨は言葉に詰まった。沙弥伽は自分に想いを寄せている。確かに告白された。しかしそれ以降、そういった素振りは見せない。本当のところはどう思っているのだろう。
 そもそも、相手は十歳も年下の高校生だ。恋愛対象としていいのだろうか。それ以前に、まだ摩耶への思いを引きずっているし。
 あれこれ考えていると、沙弥伽に睨まれた。
「あっ、エッチな妄想してるんでしょ。いやですね、ただ泊まってくだけですよ、もう」
「い、いや。別にそんな事は……」
 ないとは言い切れないか。しかし考えてみれば、彼女の言う通りだ。それに、夜ひとりきりでいると、決まって陰鬱な気持ちになる。誰かが一緒にいてくれると、ありがたい。
「拓磨さんが望むんなら、あたしはそうなってもいいですけど」
 尚更大胆な事を、またもや口にする沙弥伽。
「いや、泊まってくだけにしときなさい」
 拓磨はキッパリと断言した。その言葉にウソはない。その晩、そして次の晩と、沙弥伽を自分とは別の部屋に泊めたのだった。勿論、何事もなく。

 相羽涼子のコンサートは、最高の盛り上がりだった。アンコールの大合唱が、ホールにこだましている。
 石山の存在など忘れて、沙弥伽も大いに楽しんだ。高揚した気分で、自分もアンコールの輪の中へ加わる。
 涼子が、再びステージへ姿を現した。
 主役の再登場に、ホール全体が沸き上がる。
 その歓声に手を振って答えながら、涼子はステージ中央まで歩み出た。スタンドからマイクを取る。
「ありがとう、みんなサイコーッ!」
 涼子が言い放つと、更に歓声が大きくなった。沙弥伽の周りでも、みんな思い思いに手を振りながら声援を送っている。
「今日は本当にありがとう。いよいよ最後の曲になってしまいました」
 しばらくエールを交換し合った後、涼子が穏やかに話し始めた。
「エーッ!」「ヤダーッ!」
 客席から不満の声が上がる。沙弥伽は無言のまま、涼子に視線を送っていた。
「……ありがとう。でも、思いがけないゲストが来てくれたの。みんな、誰だか分かる?」
 涼子が嬉しそうに言うと、客席の不満がどよめきに変わった。みんな、薄々気づいているようだ。
 沙弥伽にも、それが誰だか見当は付いた。
「シンザキリュウーッ!」
 どこからか上がった声に、客席全体がどっと沸く。
「そう。それじゃ紹介するわね……リュウ、カモン!」
 涼子の呼びかけに答えて竜が登場すると、ホールは歓喜の嵐だ。
「キャーッ!」「リュウステキーッ!」
 思いがけない出来事に、客席を埋めた約半分の女性ファンから、甲高い歓声が飛ぶ。
 沙弥伽にしてみれば、とてもそこまではついて行けない。
 竜は手を上げて応えながら、飄々と涼子のそばまで近寄った。そしてごく自然に、その腰に腕を回す。
 涼子がそれに応じるように軽く身体を預けると、客席は複雑な雰囲気に包まれた。
「ヒューヒュー」「はなれろーッ!」
 様々な思いが飛び交っている。
(別にいいじゃない。認めてあげれば)
 沙弥伽は、心の中でそう思った。
 涼子が再び話し始める。
「みんな聞いて!……二人の関係は、みんなももう知ってると思うの。そして竜に対する、あたしの変わらない気持ちも」
 そこで一旦切ると、確かめるようにホール全体を見渡した。
 客席は静まり返り、皆涼子の一言一言に耳を澄ましている。
「そして今夜、竜は再びあたしの思いを受け入れてくれました」
 その言葉が終わると同時に、またしても不満と祝福の歓声が交錯し始めた。
「みんな、俺の言う事も聞いてくれ!」
 今度は竜が、マイクを手に叫ぶ。
「お前達が涼子を大事に思う気持ちは分かる。だけどそれと同じくらい、俺にとっても涼子は大切なんだ。お前達以上とは言わない。それはみんなの思いの大きさを感じるからだ。だから、俺の思いの深さも分かって貰えると思う。どうかこの俺に、涼子を守る役目を与えて欲しい。たのむっ!」
 竜が深々と頭を下げると、その真剣な気持ちが伝わったのだろう。
「みとめるーッ!」「しあわせにしろよーッ!」「なかしたらゆるさねーゾッ!」
 不満の声が、全て賛同の言葉に変わった。
 それで沙弥伽も、暖かい思いに包まれる。自分も、祝福したい気持ちになった。
「ありがとう。とっても嬉しい……みんなダイスキッ!」
 涼子はやっとそれだけ言うと、後は涙で言葉が続かない。
 竜がそっと抱き寄せた。
(自分も拓磨とそうなりたい)
 そんな思いが、沙弥伽の脳裏をふとよぎった。
 ホール全体が、祝福の拍手と歓声に包まれる。
 しばらくして涼子が落ち着くと、竜はその肩を優しく叩き、粛々とピアノに向かった。
「それじゃ最後の曲です。この曲を愛する竜のピアノで、そして大好きなみんなの前で唄う事が出来て、涼子は本当に幸せです。聴いて下さい……『ねがい』」
 慎崎竜が、厳かにイントロを奏で始める。
 相羽涼子は涙に濡れた顔で、それでもしっかりと、最後の曲を唄い出した。
 それを聴きながら、沙弥伽もまた、深遠なる音楽の世界へ引き込まれていく。

 コンサートは、終了後に会場を出るのが一苦労だ。群集に混じりながら、身動きが取れない。前の人について歩きながら、なんとか外へ吐き出される。それでやっと、空間に余裕が出来た。ホッと一息つく。
「相羽涼子のコンサート。来て良かっただろ?」
「うん。慎崎竜も見られたし。もう、サイコー!」
 石山に問い掛けられ、沙弥伽はウキウキと答えた。これで連れが拓磨なら、もっと良かったのだが仕方がない。そこまで望んだら、誘ってくれた石山に失礼だろう。
「せっかくだから、一緒に写真撮ろうぜ。記念という事で」
 石山が携帯電話を取り出した。
 普段なら、勿論お断りだ。けれど、コンサートの高揚感がまだ続いていた。それも本を正せば、この男のお陰だ。この際、それくらいのサービスはしてあげてもいいだろう。
「いいよ」
 言って沙弥伽は、彼に顔を寄せた。裏ピースまで作りながら、ニッコリ笑ってみせる。
 石山が右腕を目一杯伸ばしながら、シャッターを押した。
「やっぱり槙本は…美人だな」
 撮ったばかりの写真を確認しながら、ボソリと言う石山。柄にもなく、少々照れ気味だ。
「そお?ありがと」
 沙弥伽はさり気なく答えながら、もう一度微笑んだ。相手が石山でも、褒められれば悪い気はしない。
「それじゃ、遅くなっちゃうから帰ろ」
 明るく言って、駅へ向かう。周りは、コンサート帰りの人で一杯だった。その人波に揉まれながら、歩いて行く。
 帰りの電車でも、沙弥伽の楽しい気分は続いていた。石山と二人、コンサートの話で盛り上がりながら、その余韻に浸っていたのだ。
 しかしそれも、電車を降りるまで。
「今日は楽しかった。それじゃ、おやすみ」
 改札を出て、駅前広場まで降りたところで、沙弥伽は告げた。
 歩き出すと、石山が追って来る。
「待てよ、槙本。夜遅いから、家まで送ってく」
「いいわ、そんなに気を遣わなくても。独りで帰れるから」
「まぁ、そう言うなって。まだ、話したいし」
「うん……」
 沙弥伽は断り切れずに、仕方なく承諾した。
 しかしだ。話したいと言ったくせに、石山は一向に話しかけてこない。黙ったまま、ただ沙弥伽のあとを付いて来るだけ。やがて、
「槙本……」
 人通りが途絶えた辺りで、突然腕を掴んできた。
 驚いた沙弥伽が振り返る。
「何?……」
 言うより早く、石山はいきなり彼女を抱きすくめた。
 沙弥伽が、身をよじって抵抗する。
「何すんのよ。離してッ!」
 しかし石山は、言う事を聞いてくれなかった。怯える沙弥伽を見つめる目は、思い詰めて真剣そのものだ。
「俺はやっぱり、槙本が好きだ」
 そう言うなり、顔を近づけてくる。
 唇を奪われそうになり、沙弥伽は必死になって顔を背けた。そのまま、鋭い口調で言う。
「やめてッ!離してくれないんなら、大声出すからね」
「…………分かったよ」
 諦めたように言って、石山は腕の力を緩めた。
 すかさず、沙弥伽が離れる。なんとか解放されて、ホッと息をついた。
 石山はバツが悪そうに、わざと視線を外している。
「だけど…槙本だって今まで俺と一緒で、楽しそうにしてたじゃないか。なのにどうして」
「それは。相羽涼子のコンサートが、楽しかったからじゃない」
「一緒に、写真だって撮ったし。あれは、なんだったんだよ」
「友達としてよ。食事代も電車賃だって、自分で払ったし。チケット代だって、払うって言ったでしょ……悪いけどあたし、石山の事はどうしても、彼氏とは考えられない」
 辛そうに目を伏せながらも、沙弥伽はキッパリと言った。
「チケット代なら、いいよ……」
 突き放すように言って、石山はまだあらぬ方を見ている。その表情からは、どうしても諦めきれない思いが、見て取れた。
 これ以上一緒にいても、無意味なだけ。或いは、余計気まずさが増すだけだ。
「ゴメンね」
 穏やかに言って、沙弥伽が背を向ける。
 石山は拳を握りしめながら、その後ろ姿を見送っていた。

  ―つづく―


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GBA応募作品 スピリチュアルな恋人たち 6 [GBA応募小説]

 その頃。拓磨は、自宅でビールを飲んでいた。摩耶の写真を見つめながら、いつものように話しかける。
「摩耶は、沙弥伽をどう思う?色々と、お前に似たトコがあるんだ。初めてここへ来た時も、そう思った。俺を好きだって言ってるけど、どう受け止めたらいいのか……」
 正直言って、戸惑っていた。沙弥伽に惹かれているのは事実だ。でもそれは、彼女自身を好きという事なのか。摩耶に似ているから。ただ、それだけなのではないだろうか。
 一人きりの夜は辛い。沙弥伽が泊まってくれた二晩は、それを忘れさせてくれた。
「所詮、誰でもいいんじゃないのか……」
 そう、摩耶の代わりなら。今までは、それも拒んできた。けれど今度ばかりは、沙弥伽の積極的な強引さが、夜のやるせなさを癒してくれたのだ。だから彼女に惹かれていると、錯覚しているだけなのでは。
「そもそも、沙弥伽はどういうつもりなのだろう……」
 沙弥伽が現れてからの日々を、頭でなぞってみる。突然バイトがしたいなんて言い出したと思ったら、これまた唐突に好きだと言われた。なのにそれっきり、そのような言動はない。あれこれと世話を焼いてはくれるが、それだけだ。
 一体、本気なのだろうか。しかし、からかっているだけとも思えない。そんな事をしたって、なんの得にもならないではないか。面白いとも、思えないし。
 それと、自分の過去を知っていた事。更には、摩耶の事まで。実際に、学校で有名になっている話なのか。どうも、そうは思えない。だとしたら、どうして知り得たのだろう。
 分からない…………。考えれば考えるほど、不思議な事ばかりだ。このままでいいのか。と言うより、このまま続いていくのだろうか。
「俺は、どうしたいんだ……」
 沙弥伽を、十歳も年下の女の子を、受け入れるのか、拒絶するのか……。彼女が本気なら、いずれ決断を迫られるだろう。しかし、今は答えを出せない。いや、きっとノーと言ってしまう。摩耶を思い切れる自信が、ないからだ。
 沙弥伽自身それが怖いから、あれ以来曖昧にしているのかも知れない。だとしたら、彼女だって辛いはずだ。それを隠して、明るく振る舞っているのか。けれど、本当のところは分からない……。
 拓磨は、再び写真に問い掛けてみる。
「摩耶。俺はどうしたらいいんだ……」
 結局、迷いから抜け出せないままだった。
 しかし、いずれにしろ自分次第なのだ。どういう結論だろうと、自身が出すしかない。

「ちょっと、沙弥伽!アンタ、マジ石山と付き合ってるの?」
 沙弥伽が教室に入って行くなり、祐里子が駆け寄ってきた。まるで、石山と付き合うのが悪いみたいな言い方だ。
 見れば教室の一隅に、クラスメイトが固まっている。殆どが男子だ。その輪の中心に、石山がいた。嫌な予感がする。それでも、
「そんなワケないじゃん」
 沙弥伽は、あっさりと否定した。
「じゃぁ、この写真は何?」
 訝るように、祐里子が写真を一枚、顔の前に突き付けてくる。
 それを見て、沙弥伽は溜息をついた。
(やっぱりだ)
 石山と顔を寄せ合い、楽しそうに笑いながら写っている沙弥伽。相羽涼子のコンサート帰りに、撮った写真だ。
 ここ数日、よそよそしくしていたかと思えば、今日はこんな事になっている。
 沙弥伽は、祐里子の手から写真を引ったくった。呆気にとられている彼女を尻目に、更には他のみんなも無視して、ズカズカと石山の前まで行く。
「ちょっと、石山!これ、どういう事よ」
「こないだの写真だよ。プリントしたから、槙本にもやろうと思って」
 沙弥伽に詰め寄られて、石山は悪びれる様子もなく、平然と答えた。
「それはご親切に、どうもありがとう。で、どうしてみんなに見せてるワケ?ただあたしにだけ、渡せばいいでしょ」
「いや、それは…ちょっとした成り行きで……」 
 沙弥伽の更なる詰問に、さすがの石山も言葉に詰まる。そこへ、
「こりゃどう見たって、カレカノだぜ。石山のヤツ、自慢げに見せびらかしやがった。ホントはどうなんだよ、槙本」
 佐藤孝志が横やりを入れた。この男子も、沙弥伽に想いを寄せている。打ち明けてはいないが、その言い方は嫉妬心丸出しで、気持ちもバレバレだ。
「はぁ?あたしが石山と?そんなワケないじゃん、バッカみたい」
 小馬鹿にしたように言う沙弥伽。怒った時の、彼女のクセだ。
 そこへ今度は、祐里子が割って入った。疑問をぶつける。
「だけど。石山は付き合ってるって言ったわ」
「勝手に言ってるだけでしょ」
「それじゃ、その写真はなんなのよ」
「それは、相羽涼子のコンサートへ行った帰りに、ちょっと調子に乗って撮っただけよ」
「なんで、石山とコンサートなんか行ったのよ」
「だって、石山に誘われたんだもん。しょうがないでしょ、相羽涼子見たかったんだから」
 矢継ぎ早に繰り出される質問に、沙弥伽も慌てる事なく即答した。そして、その場から少し離れ、みんなに向かって宣言する。
「とにかく。石山とは、なんでもないの。この際、ハッキリ言っとくわ。あたしが好きな人は、この学校にはいないし、高校生でもない。年上の人なの、まだ片思いだけど」
「それって、誰だよ」
 すかさす、佐藤の問いが飛んできた。
「それは内緒。どっちにしろ、みんなの知らない人よ」
 その言葉に、今度は祐里子が反応する。
「内緒って言えば。こないだ、石山にもそんな事言ってたわね。もしかして、石山は知ってるの?なんか、二人でコソコソやってたし」
「知ってるワケないじゃん。こないだは、コンサートに誘われてたの。ねぇ、石山」
 沙弥伽は石山に話を向けたが、それがいけなかった。
 今まで黙って聞いていたこの男。途端に息を吹き返す。
「こないだは、確かにその通り。だけど、内緒の話ってのが。なぁ、槙本」
 沙弥伽を横目で見ながら、得意げに、そして意地悪そうにニヤリとした。
「だから。その内緒の話ってなんだよ、石山」
 焦れったそうに、佐藤が石山に噛み付く。
「言っちゃってもいいのか?槙本」
「別に。言いたきゃ、言えば」
 勿体ぶる石山に、沙弥伽は素っ気なく答えた。もう、いちいちムキになるのも面倒臭い。
 バイトをしている事くらい、みんなに知られたって別に構わない。仮に問題になったとしても、拓磨が庇ってくれれば大丈夫だ。言葉は悪いが、口裏を合わせて貰えばいい。彼なら、きっとそうしてくれるはずだ。
 窓の外、快晴の空を見やりながら、
(今日もまだ、暑くなりそうね)
 ふと、どうでもいい事を考えた。
「まぁ、せっかくだからな。俺と槙本二人だけの、秘密にしといてやるよ」
 恩着せがましく、うそぶく石山。
 沙弥伽としては、どちらでも良かった。それでも、あまり多くの人に知られずに済めば、それに越した事はない。
「一応、感謝しとくわ」
 皮肉っぽく言うと、話はおしまいとばかりに、自分の席に着いた。

「沙弥伽ちゃん。夕べもここに、泊まったの?」
「そうですよ。今夜も、勿論泊まります」
 遠藤の冷やかしに、沙弥伽は当然の如く答えた。いつものように、アイスコーヒーをみんなの前に並べる。
 遠藤の他に、白石もいた。二人とも、沙弥伽の拓磨に対する想いを、既に知っている。
「そうか。そのくらい大胆な行動に出ないと、この男は落ちないもんな。なんせ、難攻不落の要塞みたいヤツだから。なぁ、社長」
 女の子の方は皆積極的だったのに、拓磨がその気になれなかった。遠藤は、結局付き合うまでには踏み切れなかった、彼の女性関係も全て知っている。だから、そんな言い方をしたのだ。
 それに対して、拓磨がギロリと睨む。
「どういう意味だ」
「どういうって、そういう意味だよ。大胆にアプローチしていく。当然、夜のナニもな」
 遠藤が、無遠慮にいやらしく笑った。女の子が、独り暮らしの男の家に泊まるという事は、当然そう思われても仕方がない。
「バカ言うな!俺は沙弥伽に、指一本触れてない。ただ、泊めてるだけだ」
「そうか、そうか。で、そうなの?沙弥伽ちゃん」
 ムキになる拓磨の言葉を軽く受け流して、遠藤は沙弥伽に話を向けた。
「そうなんですよぉ、遠藤さん。あたしは、いつ来てくれるのかって密かに期待してるのに。拓磨さんたら、ぜぇーんぜんなんですもん」
 殊更不満げに装いながら、流し目を送る沙弥伽。
 その手には乗らんとばかりに、拓磨が鋭い視線を返す。
「沙弥伽もいい加減にしろ。その気もないくせに、すぐ話に乗っかりやがって」
「通い妻。或いは、押しかけ女房ってトコだな」
 それまで黙って聞いていた白石が、したり顔で言った。
 しかし、沙弥伽にはその言葉がピンと来ない。
「なんですか?それ」
「オッちゃんは人間が古いからねぇ。言葉も古い」
 遠藤が、からかうように言った。
 しかし、白石は気にも掛けない。さすがは年の功。余裕の笑顔で応じる。
「悪かったな、古い人間で……まぁ、言葉の通りさ」
「ふぅーん……でもあたしって、魅力ないのかしら」
 沙弥伽が、ガッカリしたように呟いた。案外、本気で落ち込んでいるようだ。それを、
「そんな事ないぞ。俺なら、ソッコーゲットだ」
 変に励ます遠藤。他人事だと思って、いい気なものだ。それでも、
「ですよね。良かった!」
 沙弥伽はすぐさま立ち直った。手を合わせて喜んでいる。
「ですよねじゃない!大体、軽々しく男のトコへ泊まるな。高校生のくせに」
「あっ!泊まるのは、拓磨さんトコだからですよぉ。そんなに軽い女だと思ってたんですか?ショックゥ~」
 そうやって、わざとへこんで見せる沙弥伽に、
「そうじゃない。俺はつまり…心配なんだ。その…沙弥伽の事……大切に思ってるから」
 拓磨は躊躇いがちに、それでも真面目な顔で言った。
 沙弥伽の顔に、嬉しさが滲む。これまでずっと、つれない態度ばかりだった。それが初めて、優しい言葉をくれたのだ。そんな些細な事でも、ちょっぴり前に進んだ気がする。
「だったら、受け止めてやれよ。沙弥伽ちゃんの心と、それから体もな」
 しみじみとなりかけた空気を、持ち前の軽さでぶち壊す遠藤。
「やかましいわ、陽介。お前はいつも、一言余計なんだ」
 拓磨もホッとした様子で、陽気に答えた。
 寂しそうに翳った沙弥伽の表情に、全く気づいていない。

  ―つづく―


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GBA応募作品 スピリチュアルな恋人たち 7 [GBA応募小説]

 九月も半ばを過ぎ、夜ともなると随分涼しくなってきた。どこかでコオロギが鳴いている。その声も、どこか哀愁を誘う季節だ。
 沙弥伽は風呂から上がり、パジャマ姿であれこれと考えを巡らせていた。濡れた髪をバスタオルで拭きながら、リビングへ戻る。バイク雑誌を見ている拓磨の隣へ、さり気なく座った。身を乗り出すようにして覗き込みながら、声を掛ける。
「真剣な顔で、夜でもバイクですか?」
「うん。まぁ、暇つぶしだよ。他にする事もないから」
 答えながら、拓磨はドキリとした。仄かなシャンプーの香りが、鼻腔をくすぐる。そして右腕に感じた、柔らかな感触。そちらをチラッと見やりながら、
「沙弥伽、お前……」
 怖ず怖ずと聞いた。
「あっ、分かります?ブラしてませんよ。寝る時着けてたら、窮屈でしょ」
 沙弥伽は平然としている。押しつけている体を、離そうともしない。
(計算ずくか。だとしたら、何を考えてるんだ。もしかして、誘惑してるつもりなのか)
 訝る拓磨。しかし戸惑うばかりで、真意は掴めない。ひとまず、平静だけは装っておく。
「そりゃそうだろうけど……俺だって、一応男なんだから」
「分かってますよ。高校生でも、あたしだって一応女です」
「そんな事、俺だって分かってる。だから、困ってるんだろ」
 言いながら、拓磨は遠慮がちに離れた。女として意識しているから、厄介なのだ。
「昼間白石さんが、押しかけ女房だって言ってました。やっぱりあたし、迷惑ですか?」
「そんな事ないよ。六歳の時に母親と死に別れて、十六歳では摩耶とも。そして半年前、親父も逝った。以来、昼間はいいんだけどね。陽介や、白石のオッちゃんとバカ言ってるから。だけど夜になると、途端に寂しさが襲ってくる。どうにもやり切れなくなって、気分的に追いつめられてしまう。だけど、沙弥伽かがいてくれるとそれも忘れていられる。癒されるというか、あったかい気持ちでいられるんだ」
 穏やかに語る拓磨の言葉を、沙弥伽は胸に刻むように聞いていた。そしてそれは、本心からの告白に思えた。だからもっと彼の為に、何かしてあげたいと思う。何がしてあげられるのか、正直言って分からない。ただ彼が望む事を、なんでもしてあげたいと思うのだ。
「拓磨さんはあたしの思った通り、やっぱり素敵な人です。だからずっとそばにいて、支えになりたい。おこがましいですか?」
「そんな事はない。嬉しいよ、沙弥伽の気持ち…ただ今の俺はまだ……」
「摩耶さんを、忘れられないのね。それでもいいです。今は、拒絶さえされなければ」
 沙弥伽はそう言いながらも、頭の中では別の事を考えていた。
(お色気作戦失敗か。そんな誘惑に負ける人じゃないのよね)
 別に、セックスを望んだわけじゃない。それでも、自分に魅力がないのかと、自信喪失気味になる。ただ拓磨が、欲望剥き出しの男ではない事に、安心してもいた。
 それなのに、やっぱり気持ちが挫けそうになる。心が、大きく揺れているのだ。
(いずれあたしを、ちゃんと見てくれる。そうでしょ?)
 沙弥伽は、内なる自分に問い掛けてみた。答えが返ってくる。
(そうよ。拓磨は、運命の人だから)
 その思いがあるから、なんとか頑張っていられるのだ。

 拓磨は作業場にいた。今日は珍しく、一人で仕事をしている。初めての客から持ち込まれたバイクを、修理しているのだ。
「ごめんください」
 店の方で声がした。拓磨は立ち上がると、作業場をあとにする。
「あっ、すいません……えーと。槙本さん、いらっしゃいますか?」
 声の主は、石山だった。困惑気味で、表情が少し緊張している。直接沙弥伽が出てくると思っていたのに、当てが外れたからだ。
(槙本?……あぁ、沙弥伽の事か。最初に聞いただけだったから、すっかり忘れてた)
 そんな事を考えながら、拓磨はチラッと時計に目をやった。時間を確認すると、気さくな口調で答える。
「今ちょっと出てるけど、もう帰ってくると思うよ。君は?」
「高校で同じクラスの、石山と言います」
「そう。良かったら、そこへ掛けて待ってれば」
 拓磨はカウンターの椅子を勧めがら、ある疑問を思い出した。柏葉高校の生徒なら丁度いい。聞いてみる事にする。
「石山君、だっけ?君さ。十年前にバイク事故で亡くなった、坂下摩耶って柏葉の生徒、知ってる?」
「いえ。知りませんけど」
「そう。それじゃ同じ頃、バイクで退学になりかけた、沢口拓磨って生徒は?」
「いいえ……でも沢口って言うと、もしかしてあなたの事じゃ。それが何か?」
「いや。知らなきゃいいんだ。ちょっと、確かめたかったもんで」
 拓磨は、一応合点がいった。やっぱり両方とも、有名な話や伝説になっているという事は、なかったのだ。沙弥伽がウソをついた理由は、なんとなく分かる。けれど、これら二つの話をどうやって知ったのかが、依然不思議だった。
(何しろ、十年も前の話だからな)
 十年前と言えば、沙弥伽はまだ六歳のはず。そんな幼女が、知り得よう話ではないだろう。しかし、いくら考えたところで、答えが出るわけもない。
「それじゃ、俺は仕事があるから。悪いね」
 考えを中断してそう告げると、拓磨は作業場へ戻った。バイクの修理を再開する。
 と間もなく、原付きバイクの音が近づいてきた。沙弥伽だ。
「お帰り。石山君ていう、クラスメイトが来てるよ」
「石山……」
 その名前を聞いて、沙弥伽の顔が強張った。
「ありがとうございます」
 取り敢えずそう言って、店の方へ行く。
「よう、槙本。真面目に働いてるか?」
 早速石山が、軽い調子で声を掛けてきた。
「何しに来たのよ、こんなトコまで」
「何しにって、お前に会いにだろ。まぁ、ちょっと確認したい事があってさ」
「何よ」
 言いながら、反射的に警戒する沙弥伽。どうせ、ろくな事じゃないに決まっている。
「こないだ言ってただろ、年上で片思いの人。それってもしかして、ここのオーナーじゃないかと思ってさ」
「だったら、どうだっての」
「やっぱりそうか」
 肯定もしていないのに、石山は勝手に納得した。ニヤニヤと、薄ら笑いを浮かべている。
 沙弥伽は、更に警戒心を強めた。次に何を言い出すかと思うと、モヤモヤと不安が広がっていく。一緒にいると、やたらストレスの溜まる男だ。それでも、そんな心情を見透かされまいと、なんとか平静を装っている。
「そう言えば、槙本。原チャリも乗ってるみたいだなぁ。それって、バイトよりマズイだろ。お前みたいな優等生が、なんでだ?もしかしてそれも、愛する男の為だったりして」
「そうよ、ここに来るきっかけを作る為よ。悪い?」
 いちいちカチンと来る言い方をされて、沙弥伽は開き直った。もう、なるようになれ。そんな気持ちで、覚悟を決める。
「いいわけないだろ。なんせ、校則違反だもんなぁ。バレたら、退学もんだ」
「だから。告げ口したけりゃ、勝手にすれば。あたしはもう、どっちでもいいわ」
「どうするかな。まぁ、お前が俺と付き合って……」
「いい加減にして!あたしにはその気はないって、言ったでしょ。ここのオーナー、沢口拓磨さんていうの。アンタの言う通り、あたしは拓磨さんが好きなの!」
 この期に及んで、尚もしつこく言い寄る石山を遮り、沙弥伽はピシャリと決めつけた。覚悟を決めた以上、もう怖いものはない。何を言われようと、反撃する準備は出来ている。
「そうか。なら、しょうがないな。お前の気持ちは、変わりそうにない」
「当たり前よ。あたしは拓磨さんと知り合う為に、バイクを買いに来た。それから仲良くなって、更に好きになって貰う為にバイトもしてるの。彼が好きになってくれるなら、高校なんて退学になったって構わないわ」
「だけど。もし退学になって、その上好きになってくれなかったらどうする?」
 そう言うと、石山は意地悪そうな目を向けた。
 沙弥伽は一瞬言葉に詰まったが、それでも負けたくない。こうなったらもう、意地だ。なのに口を突いて出たのは、自分でも意外な言葉。
「好きにならせるもん。愛して貰うんだもん、絶対」
 同時に、切なさが込み上げてきた。涙がこぼれそうになるのを、必死で堪える。
 その様子を見て、石山もさすがに気が引けたのだろう。
「分かったよ、槙本。お前の決心は固そうだ。今まで、散々嫌な思いさせて悪かったな。誰にも、何も言わないでおくよ。槙本が退学になったところで、俺を好きなってくれるわけじゃないし。ただ、後味が悪いだけだ。いい事なんて、一つもないもんな」
 意外とサバサバした口調で言うと、立ち上がった。
「ありがと…石山……」
 沙弥伽はそれだけ言うのがやっとで、後は声が詰まって続かない。
「じゃぁ俺、帰るわ」
 最後は晴れやかな表情でそう言い、石山は店を出て行った。
 それを待っていたように、拓磨が顔を出す。
「ケンカしてたみたいだけど……大丈夫か?沙弥伽」
 沙弥伽が涙ぐんでいるのを見て、気遣わしげに訊ねた。
「なんでもない…平気」
「なら、いいけど……」
 拓磨は本気で心配している。もはや彼女の存在が、自分でもそれと意識出来るほど、大きくなっていた。
 けれど、沙弥伽にその思いは伝わらない。彼女の胸の内は、不安で一杯だ。その時、
(大丈夫。全て上手く行くわ)
 内なる自分が囁いた。そう。今はその思いを、信じるしかない。
 沙弥伽は大きく深呼吸したあと、ニッコリと拓磨に微笑みかけた。

 沙弥伽は布団から起き上がった。
 九月も最後の日曜日。拓磨と離れがたくて、とうとう今夜も泊まってしまった。けれど、彼への募る思いで、なかなか寝付けない。もう限界だった。
 意を決して布団から抜け出し、部屋をあとにする。そしてやって来たのは、拓磨の部屋。そーっとドアを開け、中へ入る。暗くて良く見えないか、拓磨はベッドで寝ているようだ。
 しばらく様子を窺っていたが、どうやら起きる気配はない。
 沙弥伽はソロソロとベッドへ近づいていった。布団をめくり上げ、背中を向けている拓磨の隣へ、スルリと潜り込む。同時に、
「何してるんだ、沙弥伽」
 拓磨の、厳しさと優しさの混じった声が飛んできた。相変わらず、背中は向けたまま。
「えっ?起きてたの?拓磨さん。いけない、見つかっちゃった」
「見つかっちゃったじゃないだろ。どういうつもりなんだ、まったく」
「だって、独りじゃ眠れないんだもん。拓磨さんだって、そうなんじゃない」
 沙弥伽は甘えるように言って、背中に顔を押し付けた。どういう反応をされるかと思うと、もうドキドキだ。
「俺は別に。お前が入ってきたから、目が覚めたんだ」
「なんで、背中向けたままなの?怒ってる?」
「いや、怒っちゃいない」
「なら、こっち向いてよ」
 言った途端、拓磨がおもむろに向き直った。すぐ目の前に顔が来る。
「やだぁっ、もう!」
 沙弥伽はちょっと下へ潜り込んで、拓磨の胸に顔をうずめた。
「こっちを向けって言ったくせに。なんだよ、それ」
「そうだけどぉ」
 思いの外近くで目が合って、恥ずかしくなってしまったのだ。
「なぁ、沙弥伽。これってどういう状況だか、お前分かってんだろうな」
「どういうって?」
「惚けるな。二人でベッドにいるんだぞ。俺だって男だ、その気になるだろ」
 拓磨は体を起こすと、沙弥伽を仰向けして、覆い被さるような姿勢になった。
 目と目が合う。二人とも真剣な表情だ。そこに甘いムードはなかった。物凄い緊張感の中、お互い視線を外す事が出来ない。
「いいよ……」
 沙弥伽が小さく囁いた。思い詰めて、心を決めたような声。更に言葉を、付け加える。
「好きになってくれるのなら……」
 しかし、最後まで言い終える前に、拓磨が唇を重ねてきた。瞳を閉じる間もない。そしてその機会も逸した。息も止めたままだ。沙弥伽はパッと目を見開いたまま、ただ唇の柔らかさを感じている。
(苦しい…息が詰まっちゃう……)
 そんな思いが頭をよぎった時、拓磨がスーッと離れた。
 軽く顔を背け、フゥッと息をする沙弥伽。
「生意気言うな。心臓、バクバクしてるだろ」
「してるよ。でもそれは、拓磨さんが好きだから。愛しているからよ。どうして、分かってくれないの!」
 沙弥伽は必死で訴えた。切なくて苦しくて、どうにもならない想い。その感情を、全てぶつけるように。
「分かってる…沙弥伽の気持ちは充分に……でも俺は、どうしたらいいか……」
「摩耶さんはもういないの!とっくに…死んだのよ」
「そうだな、沙弥伽。摩耶は…もういないんだ」
 そうは言ったが、拓磨は思い切れなかった。純粋に慕い続けてくれる少女を、無言のまま抱きしめる。まだ、そうする事しか出来ない。
 沙弥伽にもそれは分かった。だから同じように、ただ彼の腕の中にいるしかないのだ。内なる自分の、願いを信じながら。
 そしていつしか、二人は深い眠りの淵へ落ちていった。

  ―つづく―


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GBA応募作品 スピリチュアルな恋人たち 最終回 [GBA応募小説]

 拓磨は夢を見ていた。見覚えのある街並み。どこだったろう。
「そうだ……」
 思い出した。十年前、摩耶が事故に遭ったところ。以来、意識的に避けてきた場所だ。
「拓磨」
 不意に声を掛けられ、思わず振り返る。そこには、一時たりとも忘れた事のない、愛しい人がいた。しかも、十年前そのままの姿で。
「摩耶……」
「拓磨。元気にして……なかったようね、この十年」
 摩耶が穏やかに言った。まるで十年もの間、ずっと見てきたような口振りだ。
 そんな態度に、これまで鬱積してきた拓磨の哀惜が、一気に爆発する。
「当たり前だろ!急にお前がいなくなって、俺はどうやって生きてけばいいか分からなくなった。抜け殻になって、ただ惰性で生きてきたようなもんだ」
「あたしは約束通り、今まで見守ってきたから分かってる。ずっと独りで、恋人も作らずにいた事。チャンスはあったのに」
「そうさ。摩耶以外は、考えられなかった。バカだと思うんなら、笑えばいいさ」
「そんな事、思うわけないでしょ。あたしは知ってるもの。そういう、拓磨の性格」
 摩耶の口調は、どこまでも慈しみに満ちていた。
 それを感じ取り、拓磨の心も安らかになる。
「なら、いつ俺を救い出してくれる」
「救い出す?そんなふうに、言うもんじゃないわ」
 物心つく前から一緒だった。摩耶には、拓磨の気持ちなどお見通しだ。こうなる事は分かっていた。そう、この世を去った時から。
「早く摩耶の元へ、連れてってくれ」
「死を望んじゃダメよ、拓磨。あたしはあなたの為に、彼女を導いたんだから」
「それは……」
 言おうとして、拓磨は途中でやめた。微かに理解は出来たが、問いたげに摩耶を見る。
「分かってるはずよね。今の拓磨には、沙弥伽がいる。彼女と、幸せになるの」
「沙弥伽…だけどあのコは、まだ高校生……」
 言いかけた拓磨の言葉を遮って、
「沙弥伽の想いを、受け止めてあげて」
 優しくそう言い残すと、摩耶はフーッと消えた。
 まだ話したい事がある。

「待ってくれ!」
 拓磨は、自分の発した声で目が覚めた。夢なのは分かっている。それでも、もう一度話したかった。どうにもやり切れない気持ちに、フッと溜息をつく。
 周囲は既に明るかった。時計を見る。もう、七時を指していた。
 隣で寝ていたはずの沙弥伽がいない。トーストの焼けるいい臭いがした。朝食の支度をしているのだろう。
 拓磨の声を聞きつけて、彼女がそばへやって来た。
「夢を見てたのね…摩耶さんの」
 図星を指された拓磨が、驚いた顔を向ける。どうして分かったのだろう。ただ、勘がいいだけなのか。しかし、
「摩耶さんが戻ってきて、教えてくれたの」
 その言葉は、拓磨を混乱させた。沙弥伽は突然、何を言い出したのだろう。さっき見たのは、ただの夢じゃなかったのか。
「どういう事?」
 訳が分からなくて、ただ問い掛けるしかない。
「信じてくれるかな……」
 沙弥伽はそう前置きしたあと、思い切って話し始めた。
「今でもハッキリ覚えてる。あれは六歳の時だった。突然、あたしの中に知らない誰かが出現したの。驚いたわ。怖かった。でも、その誰かは言った。怖がらないで、あたしは坂下摩耶。いずれあなたを、運命の人へ導いてあげるわって……」
「六歳の時って……」
 思わす口を挟んだ拓磨の言葉を、沙弥伽が引き取る。
「そう。十年前。つまり、摩耶さんが亡くなった直後ね。以来、彼女はいつもあたしの中にいて、励ましたり、相談に乗ったりしてくれた。そして、少しずつ話してくれたの。摩耶さんが、バイクの事故で亡くなった事。それは、彼氏と初めてのツーリングに行った帰りに、起こった事。恋人の名前は沢口拓磨。つまり、あなた……」
「待ってくれ!」
 拓磨は堪らず、話を再び中断させた。信じ難い話に、頭が混乱している。
(俺達の話を知ってたのは、だからなのか…だけど……)
 まだ、聞きたい事もあった。一つ一つ整理していかないと、理解出来なくなる。
「沙弥伽を導いたって、摩耶も夢で言ってた。それが運命の人、つまり俺なのか?」
「そうよ。摩耶さんは言ったわ。拓磨は、二度と恋人を作らないでしょう。彼は素晴らしい人よ。だから、素敵な女性と結ばれて欲しい。そして彼女は、それにあたしを選んだと言った。彼に相応しい女性になりなさいって」
「それで沙弥伽は、摩耶の言う通りにしたのか?自分の意志は……」
「それがあたしの意志よ。拓磨さんに相応しい女になる為、努力した。綺麗になろう。いい子になろう。勉強もしよう。料理だって作れるようにって…そして、学校に内緒で原付免許も取って、ここへ来たの。あなたと出会う為に。拓磨さんへの想いに、偽りはないわ」
 沙弥伽は、確信を込めてそう言った。
 拓磨は憮然としている。
「それしても…摩耶が、君といたなんて……」
 やはり、にわかには信じられなかった。そんな事が、現実にあるとは思えない。
「今も、あたしの中にいるわ。証明出来ないけど。でも、さっき拓磨さんが見た夢、あたしも知ってる。その他にも、普通なら知り得ない事だって。だから、信じて欲しい……」
 沙弥伽は淡々と言った。それでいて拓磨を見つめる瞳は、情熱に燃えている。思えば、事あるごとに内なる自分に問い掛けていた。それが即ち、摩耶との会話だったのだ。
「信じたとして……」
 拓磨は一瞬躊躇った。そして、
「信じたとして、それでどうなる……」
 思いきって言ったが、答えは分かるような気がする。
「勿論…あたしを見つめて欲しい…あたしだけを。摩耶さんの事は、いい思い出として」
「…………」
 沙弥伽の願いに、拓磨は無言で答えた。やはり、答えを出す時が来たのか。
 彼女の想いは一途だ。初めて告げられた時から。しかし摩耶への思慕が邪魔をして、受け入れられなかった。いや、自分が再び恋をするなんて、考えられない…許せなかったのだ。なのに摩耶は、それを望んでいた。それにどう応えればいいのか、まだ分からない。
「やっぱりあたしの事……好きじゃないのね」
 沙弥伽が、ポツリと言った。敢えて感情を押し殺した言い方。
 それで拓磨は、我に返った。拒絶したわけではない。ただ、迷っているのだ。その気持ちを上手く表現出来ず、
「そうじゃない。そうじゃないんだ」
 そう繰り返しただけで、あとが続かない。
「いいわ、ムリしないで。それじゃ……」
 そう言って、沙弥伽が立ち上がった。
「待て。どこ行くんだ?」
 慌てた拓磨は、
「学校よ」
 当然のように言われて、少しホッとする。
「そうか…そうだな」
「サヨナラ…拓磨さん……」
 そう言い置いて、沙弥伽は静かに出て行った。
 表で、エンジンをかける音がする。原付きバイクの排気音が、聞こえてきた。聞き慣れた、軽快な音。それはすぐに走りだし、ほどなく消えていった。
 しばらくの間、無言のまま考え込んでいた拓磨。やがて、
「サヨナラ…か……」
 何気なく呟き、ハッとなる。もしかしたら、もうここへは来ないつもりなのでは。
(それで…いいのか)
 自らに問い掛けてみる。その答えは、自分でも分からなかった。
 フラフラと立ち上がり、ガレージへ向かう。摩耶のバイクを乗り出し、エンジンをかけた。聞き慣れたエキゾーストノートが、いつものように慰めてくれる。
 そのまま、どこへ向かうともなく、拓磨はバイクを走らせた。

 沙弥伽は学校へ向かっていた。ふと、愛しい拓磨の面影が脳裏をかすめる。
(やっぱり、あたしじゃムリなのかな)
 内なる自分へ問い掛けてみた。
 摩耶の答えは返ってこない。その時、スーッと体が軽くなるのを感じた。
 ハッとして、咄嗟にブレーキをかける。
 タイヤが軋み、軽く横滑りしながら止まった。
 おもむろに、愛車をターンさせる。
「ダメ!そんなの、絶対に許さない!」
 口に出して叫びながら、アクセルを全開にした。

 拓磨は、無意識のままバイクを走らせていた。向かう先には、摩耶が事故に遭遇した場所。トラックと激突した、悪夢のカーブが見えてきた。スピードを緩める事なく、疾走していく。
 交差する道路から、その姿を沙弥伽が目に捉えていた。目の前を横切っていく拓磨。
「やっぱり……」
 懸命にあとを追うが、四百CCと五十CCのバイク。到底、追いつけるわけがない。
「止まって拓磨さん!お願いッ!」
 沙弥伽は、祈るような思いで叫んだ。しかし、その声が届こうはずもない。
 突然、対向車が現れた。摩耶の時と、同じようなトラック。
 まるでそこへ吸い寄せられるように、拓磨は突っ込んでいった。
 激しい衝突音。と同時に、拓磨の体が宙を舞った。不自然な格好のまま、アスファルトに叩きつけられる。
「イヤーッ!」
 沙弥伽が絶叫した。
 地面に横たわり、ピクリとも動かない拓磨。
 愛車を放り出し、沙弥伽は夢中で駆け寄っていった。

「拓磨さん……」
 病院のベッドに横たわる拓磨を見つめながら、沙弥伽は弱々しく呟いた。
 事故から二日。なんとか命は助かったものの、以前意識は戻らない。重体のままだ。
(拓磨は、あたしが連れて行くわ)
 突然、沙弥伽の頭に声が響いた。内なる摩耶に、抗議する。
(どうしてなの。そんなのひどいわ!)
(やっぱり拓磨は、あたしを望んでいる。この十年間、ずっとそうだった)
(勝手な事言わないで!それじゃ、あたしはどうなるのよ。あたしの、彼への気持ちは)
 沙弥伽は怒りをぶちまけた。それこそ十年もの間、運命の人と言われ続けてきたのだ。今更否定されても、納得がいかない。
 しかしその点、摩耶は冷静だ。整然と言ってのける。
(元々、あたしがそう仕向けたもの。沙弥伽の本心じゃないはずよ)
(そんな事ない。初めはそうだったかも知れないけど。実際に拓磨さんと逢ってからの想いは、あたし自身の意志なの)
(でも、拓磨はそれを望んでないわ。生きる事に、絶望してた。だから、あたしが連れてく方が、彼にとっては幸せなのよ)
(違う!勝手に決めないで!生きてる方がいいに決まってる。あたしが絶対、そう思わせてみせるわ。だからお願い。あたしから拓磨さんを、奪わないで)
 沙弥伽は必死に訴えた。拓磨を失いたくない。そしてそれ以上に、死をもって彼の幸福とする事が、悲しかった。
 沈黙が流れる。重く、濃密な時間。
 やがてそれを破ったのは、摩耶だった。穏やかに、最後の決心を告げる。
(分かったわ、沙弥伽。拓磨は連れてかない。あなたの愛で、彼を癒してあげて)
(ありがとう、摩耶さん。きっと、そうしてみせる)
 沙弥伽は、心の底からそう言った。その途端、体がスッと軽くなる。
 摩耶が抜けたのだ。彼女は、拓磨をこの世に残して、永遠に去っていった。
 沙弥伽は手を差し伸べ、拓磨の頬に触れてみる。その温もりが伝わってきた。確かに生きている、証だ。
「拓磨さん。あたしがきっと癒してあげる。体のケガも、そして心の傷も」
 その言葉が聞こえたのか、拓磨がゆっくりと目を開けた。
 沙弥伽がハッとなる。
「拓磨さん!」
「沙弥伽…俺、生きてるんだな……お前のお陰だ…夢を見てたよ……摩耶がお前と話してたんだ…そして、いなくなった……」
 弱々しいながらも、笑みを浮かべる拓磨。
 沙弥伽も、微笑み返す。
「そうよ。あたしが絶対に、死なせはしないから」
「ありがとう…これからもずっと、その……そばにいてくれるかい……」
 それは拓磨の、愛の告白だった。
 沙弥伽の頬を、涙が伝う。嬉しくて、言葉にならない。
「うん……」
 精一杯の想いを込めて、ただそれだけ言った。

 七ヶ月後…………。
 沙弥伽のひたむきな助力もあって、拓磨のリハビリは順調に進行した。今日はケガが完治して、初めてのツーリング。
 拓磨はバイクに跨り、エンジンをかけた。自らカスタマイズした、七百五十CCの新車。
 事故の時に乗っていた摩耶のバイクは、そのまま廃車にした。辛い出来事もあったが、今は摩耶とともに、いい思い出として胸の中にしまってある。
 これからは沙弥伽と二人、手を携えて生きていくのだ。
「何やってんだ、沙弥伽。早くしないと、置いてくぞ」
 拓磨はシールドを上げ、振り返りながら声を掛けた。
 見れば沙弥伽は、シャッターの降りた店先で何やらやっている。
「待ってよ。張り紙してるんだから」
「そんなもん、どうでもいいだろ。閉まってんだから、休みだって分かる」
「ダメよ、そんなの。常連さんに、申し訳ないでしょ」
 言いながらやって来ると、沙弥伽はタンデムシートに跨った。ヘルメットを被り、拓磨の腰へ、しっかりと腕を巻き付ける。
「オッケー、拓磨。バイク発進だーッ!」
「よーし!それじゃ行くぞ、沙弥伽」
 力強く言って、拓磨はバイクをスタートさせた。グングン加速していく。
 やがて二人を乗せたバイクは、爽やかな新緑の中へ溶けていった。鮮烈なエキゾーストノートを、大地に響かせながら…………。

  ― 完 ―


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GBAへ向けた小説公開の予告 [GBA応募小説]

 ゴールデン・ブログ・アワード(以下GBA)、ノベル部門にエントリーしました。
 作品は、既に書き上がっています。タイトルは 「スピリチュアルな恋人たち」
 ご存じの通りGBAは、10年をテーマとした作品を募集しています。
 「スピリチュアルな恋人たち」は、GBAに向けて書いた作品ではありません。従って、キーワードとして10年が絡んではいるものの、テーマとして捉えると些か弱い気もします。とはいえ、10年をテーマにした新しいストーリーも、なかなか構想出来るものではありません。というわけで、この作品で応募する事にしました。

 400字詰換算で約118枚。長さとしては短編になるでしょう。
 これをどういう形で発表するか、様々考えました。
 既に書き上がっているので、一つの記事として一気に発表するか。
 しかしGBAの応募ガイドによると、文字数が多すぎると、表示に時間がかかる場合があるとか。100行を目安に、記事を分割投稿するように薦めています。
 既に連載中の作品は、毎記事だいたい200行程度で公開しています。それでも、表示には問題ないようです。
 そこで 「スピリチュアルな恋人たち」も、同程度に分割して記事にする事としました。8~10記事程度になるかと思います。
 それを一気に公開する方法も考えました。しかし私のブログスタイル等、諸々考え合わせた結果、他の作品同様、連載形式を採る事にします。

 という事で毎週1回、日曜日に日が変わった段階で、次週から1記事ずつ公開していく所存です。期間にして、2ヶ月~2ヶ月半程度になるでしょう。応募締め切りと考え合わせても、丁度いい期間、時期になるかと思います。
 どうか皆さま。現在連載中の 「シング・アット・ザ・ムーン~天使の微笑み~」 そしてその後に控える 「シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~」 更には連載が終了し、全文掲載中の 「彩香~月に降る雨」 ともども、ご愛読頂きたく存じます。その上で叱咤激励、応援を頂けますれば幸いです。
 どうぞよろしく、お願い申し上げます。


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