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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 1 [連載小説 3]

 記念すべき200記事目が、丁度「シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~」の連載スタートと重なりました。
 それでは、開演でございます。

 


 

 イントロダクション……………………

 


            『ねがい』
                                                    作詞 相羽涼子

         風が この胸 切なくゆらすと
         はかない望みに 心がさざめき立つの いつも


         生きる それだけ なのに淋しいの
         あなたを失ったときに 悲しみも終わるというの


         いつだって 愛おしいのは
         あなただけだった
         それなのに 他の人を
         慕った罪を許して


         おねがい
         おしえて 本当の気持ちを
         あなたがいるのに
         孤独にしないで……


         おねがい
         分かって 心の叫びを
         愛の名を与えて
         わたしの想いに……


         わたしだけに……

 


「凄いわね。圧倒されそう……」
 相羽涼子は、フッと溜息をついた。
 興奮と熱狂の渦の中、 
「アンコール!アンコール!」
 どこからともなく涌き上がった声が徐々に大きくなり、やがてそれは一つに。アリーナ全体を呑み込み大合唱となる。
 涼子もつられて、いつしか手拍子の輪に加わっていた。
 カクテルライトが、大合唱に合わせるように明滅している。突然真っ暗なステージにスポットライトが当たり、メンバーが再び登場して来た。
 少し遅れて、最後に慎崎竜が姿を見せる。黄色い声援が一際大きくなった。負けじとギターキッズ達が吼える。
 涼子が、プロデビュー後のシャドウ・ムーンのライヴを見に来たのは、これが初めてだった。
 竜と涼子。約束の再会から一年半。運命の出会いから数えると、もう四年半になる。
 竜は軽く手を上げて歓声に応えると、静かに自分のポジションについた。すぐ眼の前で、真っ直ぐに自分を見つめている涼子と、一瞬眼を合わせたようだがすぐに逸らす。そして、唐突に曲のイントロを鳴らし始めた。
 この一年半の間、二人は、互いに男女の仲を超えた親友として付き合って来た。
 涼子ももう二十一歳の、立派な大人の女性である。それくらいの分別はあるつもりだ。しかし、理性では割り切る事の出来ない感情が、心の奥底でわだかまっていた。
「竜はどう想ってるのかしら?やっぱり、もうただの友達でしか……」
 人波の中にいながらどうしようもない孤独感に苛まれ、涼子は思わず声に出して呟いた。
 自分がいつまでも子供のように思えて、二十四歳の竜がとてつもなく大人に見える。たった三つの歳の差が、二人を遠く隔てているように感じた。
 更に、今やシャドウ・ムーンはビッグネームである。そんな中にあって、慎崎竜個人もカリスマ的存在として、まさに時の人であった。
 涼子自身もビッグスターでありながら、その事実が一層竜を遠い存在にしていた。
『こんなに近くにいるのに、どんどん手の届かないところへ行ってしまう……』
 そばにいればいるほど、そんな不安な気持ちが増して行くばかりなのだ。
 そんな、出口の見えない思念に捕らわれているうちに、曲は終わった。
 シャドウ・ムーンのメンバーが全員、フロントに出て来る。手を組みながら横一列に並び、皆満足げな表情で高々と手を掲げた。そしてその手を振り下ろしざま、深々と頭を下げる。後は各々ファンの声援に応えながら、ステージから消えて行った。
 宴の終演である。しかし観客の熱狂は冷めやらず、席を離れようとする者は誰一人としていない。
 そんな中、涼子だけが席を後にした。ファンに気付かれて騒ぎになる前に、この場を離れねばならない。丁度そこへやって来たシャドウ・ムーンの関係者に導かれ、人いきれの中をぬうようにして出口へ向かう。分厚い扉を閉じる直前に振り返ると、それを待ちかねたようにアリーナ全体が明るくなった。

 バックステージは、スタッフやプレス関係者で、これまたごった返している。
 涼子はなるべく目立たぬようにしながら、バンドの控え室へ向かった。
「お疲れさまァー」
 開け放たれた入り口を入るなり、殊更明るく声をかける。
 聞き覚えのある声に、騒がしい雑談が一瞬静まり、メンバーの視線が一斉に声の主に集まった。
「…………」
 そして暫しの驚きと沈黙の後、
「相羽涼子……さん…」
 ボーカルの坂森真吾、通称シンが言った。
 ここで現在のシャドウ・ムーンについて、簡単に触れておく事にする。
 ボーカルのシンの他、ベース担当はライジこと、岡本来士。ドラムスの折川嶺一、レイ。キーボードがカズ、浅海一哉。そしてギターは、言わずと知れた慎崎竜である。それぞれ芸名のようであるが、皆本名なのだ。
 オリジナルメンバーである稔、明、尚人、そしてしのぶが次々と辞めていった。そんな中、バンド仲間の間ではテクニシャンで通っていた各々に竜が声をかけ、次々に引き抜いていく。その結果、気がつけば現在のラインナップが出来上がっていたのだった。メジャーデビュー、直前の事である。
 シンに限らず、他の連中も皆一様に意外そうな顔をして、涼子の顔を見ている。
 そんな中、
「よう涼子、来てたのか」
 ガットギターに静かに指を走らせながら、平然と竜が言った。
「分かってたくせに」
「そう言えば。俺の眼の前に、とびきりの美人が一人いたっけ」
「だいたい、竜が呼んだんじゃない。あたしはどうでも良かったのよ」
 わざとらしい竜の褒め言葉など無視して、涼子は空惚けて見せた。
「その割には、結構楽しそうだったぜ」
 竜も負けじとやり返す。
「おいおい竜。お前、相羽さんと知り合いだったのか。全然知らなかったぞ」
 二人の親しげなやり取りに、たまらずカズが声をかける。
「涼子でいいわ。竜とは腐れ縁なの……あっ、誤解しないで、親友って意味よ。かれこれ四年以上になるわね」
「そうだな、二年半のブランクはあったけど。お互いの事よく分かってるし、一番気の許せる相手ってとこかな」
 涼子の言葉を受けて、竜も真面目に答えた。
「しかしよ。なんで教えてくれなかったんだ?あの相羽涼子と友達だなんて、すげェじゃんか」
「わざわざ言うか?そんな事。それよりライジ、お前ファンだったりして。涼子の」
「えっ?いやまぁ…その…なんだ」
 竜にさりげなく突っ込まれて、ライジは思わずシドロモドロになる。明といい、涼子はベーシスト好みなのだろうか。
「そう言えば竜。お前、涼子さんのバックバンド演ってたとか。確か、明がそんな事言ってたような」
 ライジをフォローするつもりか否か、シャドウ・ムーンでは竜に次いで古株のシンが言った。
 しかし、その事に関して、竜はあまり話したくないらしい。
「昔の話だ……さて、そろそろ引き上げるか。涼子、行くぞ」
 そう言うと、ガットギターをケースに収め、静かに立ち上がった。
 涼子は黙って頷き、
「それじゃ皆さん、おやすみなさい」
 そそくさと頭を下げると、ドアを出ていく竜に寄り添うように従う。それはまるで恋人同士のように、他のメンバーの眼には映っていた。

  ―つづく―


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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 2 [連載小説 3]

「やっぱりいいよねェ、ランクル」
 竜の車のナビシートに納まるなり、涼子が言った。
「なんだ。パジェロ、気に入らねぇのか?」
「別にそういうわけじゃないけど……」
 涼子はつい最近、愛車を替えたばかりだった。本人は散々、
『ジープかランクルがいい』
 と言い張ったのだが、周囲の猛反対、特に竜の、
『お前には無理だ』
 の一言でパジェロに決めたのだった。
 ランドクルーザーは竜が乗っているし、確かに取り回しの大変な車ではある。最近、あまり見かけなくなった4WD車だが、そんな状況下だから、尚更異色の存在である。
 四駆、それも竜の隣に乗れると最初は喜んでいた女の子も、最後は決まって乗り心地が悪いだの、疲れるだのと文句を言い出す。
 しかし、涼子だけは違った。何よりも、この車の良さを分かっている。まるで小舟のように盛大に揺れる乗り心地の悪さも、なぜか彼女には安らぎを与え、気持ちを落ち着かせるのだった。竜が隣にいるという事が、多分に影響しているのかも知れない。
 だから竜も、今では涼子以外、決して乗せようとはしないのだ。例えナビシートとはいえ、ランドクルーザー、通称70の真価を分かる人間だけが、この車に乗る資格があると思っていた。
 ランドクルーザーの揺れに身を任せながら、涼子は今夜もご機嫌である。
「ねぇ、なんかMD聴こうよ……これ、何入ってんの?」
 言いながら、カーオーディオに挿しっ放しになっているMDの先を、チョンと押した。
 MDは滑るようにローディングされ、自動的に再生が始まる。
「あっ、それには大したもんは入ってねぇよ。他のにしな」
 慌ててイジェクトボタンを押そうとする竜の左手を、
「いいじゃない。フフ、何が入ってるの?」
 涼子が面白そうに押しとどめた。
 それを合図のように、曲のイントロが流れ始める。聴いた事のない曲だ。
 涼子は不思議そうに首を傾けながら聴いている。
 竜もそれ以上逆らわず、その様子を時折チラチラと、横目で探るように見ていた。
「涼子、どう思う?今の」
 曲が終わると、いつになく真面目な表情で竜が聞いた。
「どおって…とってもいい曲だと思うけど…でも竜がこういう音楽聴くとは思わなかった。ちょっとオドロキ」
 真意をつかみかねて、涼子は素直に感想を述べた。
「唄ってるコはどう思う?」
「ちょっと荒削りだけど…素質もあるし、いい線いってるんじゃない?」
 ますます分からなくなる。
「だろう?涼子のデビュー当時を思い出さないか?」
「自分じゃ良くわかんないわ。でも、ボーカルはいいけど、バックがなんか変。まるでラフミックスみたい」
「その通り!さすが涼子だな」
「な、なによ……」
 変なところで感心されて、涼子はちょっとビックリした。
「実はこれ、俺が初めてプロデュースしてる、藍原唯って新人なんだ。このMDはまだラフ録りの段階だから」
 竜は少々照れ臭そうである。
「どうりで。でも…って事は、曲も竜の?」
「そう。詞もな」
「驚いた。竜、こんな詞や曲もかくんだ?フフ、かわゆーい」
「えっ?ま、まぁな」
 涼子に冷やかされて、更に照れる。
 実際それは、シャドウ・ムーンの曲はもちろん、後に大騒動となる二人にとって秘密の曲、『シング・アット・ザ・ムーン』とも全くタイプの異なる曲調だった。詞も涼子の言う通り、乙女チックで可愛い。
「だけどさぁ。竜が他人に曲を提供するとはねぇ。更に詞まで。そっちの方がもっとオドロキ。相当気に入ったみたいね、この藍原唯とかいう新人さん」
 涼子が驚くのも無理はない。
 竜はギタリストとしてだけではなく、ソングライターとしても高く評価され、注目されていた。人気が爆発してからの一年というもの、有名無名を問わず、かなりの数の歌手やミュージシャンから作詞、作曲の依頼が来ていた。しかし、そのことごとくを彼は断っていたのだ。
 表向きの理由は、
『他人に曲を提供出来るほど、技量も時間もない』
 と言うものだった。しかし実のところは、
『気に入らない仕事はしたくない』
 のであった。
 涼子だけは、そんな竜の性格や考え方を良く分かっている。だからあんな言葉が口をついて出たのである。
「気に入った」
 涼子の含みのある言い方に対して、竜は臆面もなくそう答えた。
「実際、依頼が来た時はまたかと思って、もちろん断るつもりだった。貰ったデモテープもほったらかしで忘れてたんだ。そしたら一週間くらいして、どうでしょうかって来たもんだから、やっぱり聴きもしねぇで断るわけにゃいかねぇだろ?で、取り合えず聴いてみたんだけど……」
「予想に反して、これが良かったと」
「そういう事。涼子も、なかなかいいもん持ってると思うだろ?」
「そうね…でもさぁ、あたしにだって書いてくれないのに」
 涼子はわざと拗ねてみせる。
「『シング・アット・ザ・ムーン』、書いたぜ」
「でも……」
 竜の言葉を受けて、涼子はそこで一端言葉を止めた。
「あれは、あたしが書いた事になってる」
 様々な思いが込み上げてきて、悩ましげな面持ちになる。
 その心の内を十分理解している竜は、
「大体さぁ。お前はみんな自分で書いてるだろ。それに、依頼された覚えはないぞ」
 わざと無視して続けた。
「そうだけど…じゃぁさ、頼んだら書いてくれる?」
「さぁあな。そりゃなんとも言えん」
「もう!すぅぐそうやって意地悪言う。気まぐれなんだから」
「ハハハ。だけど、レコーディングに参加してるじゃねぇか」
「そっかぁ。竜がギター弾くって事は、ある意味曲を創って貰うより凄い事かもね」
 そうなのだ。竜は涼子のニューアルバムで、全曲ギターを弾く事になっている。まだ公にはしていないが、発表時には相当話題になるに違いない。
「そんなに凄いとは思えねぇけど」
「凄いのよー。竜は自分の事だから分からないかも知れないけど。あなたがなんらかの形で参加するって事は、今や一種のステイタスなんだから。最も、あたしはそんなのどうでもいいけどね。ただ昔から、竜のギターが最高!って思ってるだけだから」
 実際、竜のカリスマ性は業界をも席巻していた。ただ本人だけが実感していないと言うか、涼子同様どうでもいい事だったのである。
「だからさ、藍原唯さんだっけ?大変なチャンスよね。でもねぇ…フフフ……」
「なんだ。気持ち悪い笑い方しやがって」
「ボーカルだけ?気に入ったの」
「他に何がある」
 いくら涼子が冷やかすように言っても、竜は常に冷静だ。言いたい事は分かっていながら、先走って否定したり、空惚けてみたりしない。相手の言葉に合った答えを返すだけである。
「女としてよ。分かってるくせに、このこの」
「おんな?唯は十六だぜ。まだまだガキだ」
「あたしだって十六だったよ。竜に愛された時」
「俺の歳が違う。全然興味ないね」
「そうかもしれないけど……でもさ。あたしの時だって、最初は全然興味なかったじゃない。そのうち好きになっちゃうかもね」
 涼子は竜の言葉に少しホッとしながら、一方ではまた、なぜか一抹の不安を感じていた。
「まぁ、先の事は分からん」
 それも、いつもの竜の言い方である。
「そうよね」
 涼子も軽く受け流す。
「確かに、ボーカルスタイルは昔の涼子に似てる。だけどあとは全然違う、性格もルックスも。だから、好きになるような事はまずあり得ない。悪いコじゃないけど」
「竜……」
 思いがけない言葉に、涼子は反射的に竜を見た。しかし凛々しいその横顔からは、彼の真意を読み取る事は出来ない。いつもの事だと諦め、それでも小さく溜息をついた。
 そんな切ない乙女心を揺らしながら、ランドクルーザーが夜の街を力強く巡航して行く。

「あたし、お邪魔なんじゃない?」
 竜の部屋の玄関へ入るなり、赤いハイヒールを眼にした涼子が言った。
 竜の部屋と言っても、以前のボロアパートではもちろんない。涼子の住む、セキュリティー万全の高級マンションとまでは行かないが、一応都内でもそれなりのマンションではある。
「何言ってんだ涼子、理美に決まってんだろ。俺の部屋に勝手に入れるのは、あいつしかいない」
 慎崎理美。もちろん、竜の妹である。
「そうね…」
 涼子だってそんな事は百も承知だ。もう何度もこの部屋に来ている。今までに女の存在を感じた事は一度もない。それでもつい、皮肉めいた言葉を言ってみたくなるのである。
「理美、お前また来てたのか」
「おかえりー。いいじゃない、横浜まで帰るのめんどくさいんだもん」
 兄貴の文句にも、理美はあっけらかんとしている。
「あれぇ、涼子もいっしょなんだ。って事は、あたしはお邪魔虫というわけ?」
「バカいわないでよ理美。あたし達は……」
「そんなんじゃないってんでしょ?ハイハイ。分かってる、分かってるって」
 一年ほど前、竜を介して初めて会った二人は、今では大の仲良しだった。
 涼子にしてみれば、自分を芸能人扱いせず、ごく普通の友達として気軽に接してくれる理美の態度が嬉しかった。
 理美は理美で、スターを気取るでもなく、これまたごく普通の女の子として振る舞っている、涼子の飾らない性格に好感を持ったのだ。
 二人は、もはや竜を抜きにしても大の親友なのである。
 竜と涼子の過去の出来事についても、もちろん理美は知っている。兄はあまり話したがらなかったが、仲良くなるにつれ、涼子が徐々に教えてくれたのだ。
「兄貴達のライヴ、どうだった?」
「良かったよ。理美も来れば良かったのに」
「前はよく行ったんだけどさぁ。自分の兄貴がキャーキャー言われてるのって、なんかこっちが照れ臭くなっちゃってダメなのよね、最近」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんよ」
「ホントはさ、大事な兄さんを取られちゃったみたいで、妬けるんでしょ」
「ま、まさか!冗談いわないでよ、涼子」
(図星ね)
 理美の慌てぶりを見て、涼子は心の中で呟いた。
「実際、ファンのコでもなんでもいいから、早いとこ恋人でも作って、とっとと結婚してくれればいいと思ってるんだから。そうすれば、あたしが世話やかなくてすむし、清々するわよ」
 涼子がニヤニヤしているのを見て、ムキになればなるほど深みにはまって行く。
 更に最後の言葉を聞き咎めた竜が、
「誰が世話やいてるって?お前こそ兄貴のとこにばっかり泊まってないで、いい加減彼氏でも作ったらどうだ。そんなんじゃ、すぐババァになっちまうぞ」
 妹に負けじとやり返した。
「なによ!それじゃ兄貴は、大事な妹が男作って泊まり歩けばいいって言うの?」
「そうじゃない。恋人の一人もいないでどうするって言ってんだ。それに、理美がそうしたいってんなら仕方ない。どうしようと自由だからな。俺がどうこう言う権利はない」
「フン、偉そうに!言っときますけどね、あたしはガードが堅いの。こう見えても、いい寄ってくる男は多いんだから。それを、あたしの方からビシビシ切り捨ててるの!」
「ちょっとちょっとお二人さん。仲がよろしいのは分かったから、いい加減にしなさい。ほんとに兄妹かしら。痴話喧嘩みたいよね、まったく」
 呆れた涼子が割って入る。しかし、内心は理美が羨ましかった。
(あたしも竜の妹だったら……)
 そう。逢う度に、こんなに胸が痛む事もないかも知れない……………………。

  ―つづく―


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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 3 [連載小説 3]

「はい、オーケー」
 ディレクターの一声とともに、張り詰めた空気が一瞬のうちに和む。
 と同時に、
「お疲れさまでしたー」
「ご苦労さん」
「お疲れー」
 スタジオのあちらこちらで、ホッとしたような声が上がった。
 涼子も皆と挨拶を交わしながら、出口の方へ向かう。
 今日は、四月から始まるJ‐テレビのドラマ、『振り向けば愛が』の収録で、朝からずっとテレビ局のスタジオに詰めていた。
 撮影は以外と順調に進み、珍しく十九時前に今日の撮り分が終わったので、
(竜いるかな?電話してみよっかな)
 そんな事を考えながら、涼子がスタジオから出ようとした時、
「よう涼子、この後空いてる?良かったら飲みにでも行かないか」
 いかにも、
『女扱いには慣れてます』
 と言った口調で声をかけられた。馴れ馴れしくも呼び捨てである。
「折坂さん……」
 振り向いた涼子は、声の主を視界に捉えて、微かに美しい眉根を曇らせる。
 折坂恭二、二十六歳。今や人気絶頂の若手俳優である。と同時に、共演した女優にすぐ手をつける、女に手が早い事でも有名だった。週刊誌のゴシップ記事をいつも賑わしているが、本人はそれもステイタスのうちと思っているようだ。
 涼子主演のこのドラマ、相手役が何を隠そうこの男なのだ。
 元々涼子は、ドラマの仕事が好きではない。音楽だけ演っていたいのだがそうもいかず、渋々引き受けた数年ぶりのドラマの仕事。相手役が折坂恭二と聞いて、ますます憂鬱になっていたのである。
「どう?いい店知ってるんだ、行こうぜ」
 まるで、
『行くのが当然』
 とでも言うような口振りだ。馴れ馴れしく、肩に手まで回して来る。
「あたし、あんまりお酒飲めないから…」
 涼子はわざと素っ気なく背中を向けて足を早めようとしたが、そんな事で懲りるような男ではない。
「じゃあ、食事ならいいだろ?せっかくこうやってお近づきになれたんだ。この際親交を深めるってのも悪くないぜ、今後の仕事の為にも」
「でも、あたし……」
「いいからいいから。帰りは俺の車で送ってやるから、心配いらないって」
 それが一番心配なのだが、折坂も手慣れたものである。尚も逡巡する涼子の肩を抱いて、さっさと駐車場へと向かうのであった。
「どうぞ」
 折坂が右側のドアを開けてくれる。
 深紅のBMW。
(ハデハデ……)
 そう思いながら、涼子は静かにナビシートに乗り込んだ。
「ちょっと待ってて。電話してくるから」
「携帯、持ってないの?」
「そんな野暮な物、持たない事にしてる。せっかくの二人の時間を邪魔されたくないだろ」
 折坂は軽くウィンクしながらドアを閉めた。
「キザな奴。あんな言葉、よく平気で言えるワ」
 今度は涼子も、口に出して呟いた。それからソワソワと車内を見回してみる。
 リアルウッドとレザーを使った内装は豪華だし、いかにも、
『エアバックが飛び出しますよ』
 と言った感じにステアリングの真ん中が膨らんでいる。多分助手席側にも付いているのだろう。
「ランクルとは大違いね」
 思わず竜の車と比べてみて、涼子はクスッと笑った。
(どうしよう…このまま逃げちゃおうかな)
 そう思いながらも、黙って帰るのはやっぱり気が咎める。
「今後の仕事の事もあるしね」
 などとグズグズしているうちに、折坂が戻って来た。
「やぁお待たせ」
 言いながらドライビングシートに納まると、イグニッションボタンを押した。
 エンジンは音もなく立ち上がり、振動も全くない。ディーゼルエンジンのパジェロやランドクルーザーとは大違いである。
「静かね。エンジンかかってないみたい」
 涼子が思った事を素直に口にすると、
「やっぱり車は、ドイツ車に限るよ。他にメルセデスとポルシェもあるんだ。涼子はどれが好みだい?良かったら今度乗せてやるぜ」
 ステアリングを握りながら、時折チラチラと涼子を見る折坂は、いかにも得意げである。
「さぁ……でもメルセデセスって、ベンツでしょ?」
「そうだよ」
「ゲレンデヴァーゲンなら…いいけど……」
 涼子は小さな声でポツリと言った。
 彼女が言ったのは、ダイムラー・クライスラー社がメルセデスブランドで唯一出している、オフロード四駆の事である。
 しかし聞き取れなかったのか、それとも言葉の意味が分からなかったのか、
「涼子も運転するんだろ?」
 折坂は話題の矛先を変えた。
「えぇ」
「なに、乗ってるんだい?」
「パジェロ」
「パジェ…ロ?」
「なーに?なんかへん?」
 折坂の素っ頓狂な声に、涼子が訝しげな眼を向ける。
「えっ?べ、別にそういうわけじゃ……」
 言いながら何気なく見返した折坂は、思わずドキッとした。涼子の憂いを含んだ眼で見つめられると、その瞳に吸い込まれそうになる。今まで経験した事のない痛みを胸の片隅に感じて、危うくステアリングを取られそうになった。
「どうしたの?」
「い、いや…四駆に乗ってるなんて、全然イメージと違うから」
 慌ててなんとか取り繕う。
「良くいわれるけど。でも、本人にして見ればごく当たり前の事だわ」
「なるほど。案外ワイルドだったりして」
「かもね」
 素っ気なく言った涼子は、面白くもなさそうに真っ直ぐ前を見ている。
 その毅然とした表情に、折坂は胸の鼓動が高まるのを感じた。
(おいおい。どうしたんだよ恭二、お前らしくもない。たかが女一人にビビッてどうする。しっかりしろよ)
 自分に言い聞かせてみるが、今までの女とは違う何かを感じる。
(確かに相手は大スター相羽涼子だ。だけどお前だって天下の折坂恭二だぜ。なびかない女なんかいるもんか)
 しかし、それとは別のプレッシャーである事は、折坂にも薄々分かっていた。

「いらっしゃいませ、折坂様。席のご用意をしてお待ちしておりました」
 さっきの電話は予約の為だったのだろう。店に入ると、品よく正装した男が愛想良く出迎えた。
「また厄介になるよ」
「いつもごひいきにありがとうございます」
 折坂の鷹揚な態度にも、あくまで低姿勢である。
「ところで、こちらは相羽涼子様とお見受け致しましたが…」
「今度のドラマで共演してるんだ」
「さようでございましたか。私、当店のソムリエを勤めさせて頂いております、坂口と申します。これを機会に、今後ともどうぞごひいきに」
 どこまでも丁寧な言葉遣いに、涼子は黙ったまま軽く会釈をした。
「分かってると思うけど、あまり人目に付きたくない」
 一応そうは言ってみたものの、折坂は大して気にしている様子でもない。
「心得ております。いつものお席をご用意しましたので、こちらへどうぞ。相羽様もどうぞ、こちらでございます」
 案内されたのは店の一番奥まった、他からはあまり見えにくい席だった。
 坂口が引いてくれた椅子に、
「ありがとう」
 涼子は一言言って腰を下ろした。
「いつものように。任せるよ」
「かしこまりました。少しお待ち下さいませ」
 その言葉を残してソムリエが行ってしまうと、涼子はさりげなく店内を見渡してみた。
 さほど大きくない店内は格式張る事もなく、それでいて小さな調度品に至るまで、気持ちを和ませるような細やかな気配りがされている。なによりも、アットホームな雰囲気が良かった。
(割といいセンスしてるじゃない)
 少し折坂を見直したようである。
「どう?なかなかいい店だろ」
 涼子の心を見透かしたように、折坂がちょっと得意げに言った。
「そうね」
「気に入った?」
「うん」
 涼子が素直に頷くと、
「そりゃ良かった」
 折坂もホッとしたように笑う。丁度そこへ、
「お待たせ致しました」
 先ほどのソムリエがやって来た。
「今日は格別の白ワインが入りまして。そもそもこのワインは……」
 得々とうんちくを傾け始めたが、涼子にはあまり興味がない。
(今度竜を連れて来て上げようかな。でもきっとアイツ、『俺のガラじゃねえ』なぁんて言うわね)
 そんな事を考えながら一人でおかしくなっていると、
「それではすぐにお食事をお持ちしますので。ごゆっくりどうぞ」
 うんちくを語り終えた坂口が、最後にワインをグラスに注いで下がって行った。
「それじゃ乾杯しようか」
「なにに?」
「そうだな……今度のドラマの成功を祈って、かな」
「そうね。カンパイ」
「カンパイ」

「おいしかったわ。ごちそうさま」
 食後のワインを飲みながら、満ち足りた気持ちで涼子が言った。
「そう、良かった。気にいったんなら、毎日でも連れて来てやるぜ」
「毎日じゃちょっとね。でも、たまにならまた連れて来てもらおっかな」
 言いながら涼子は、今日初めて折坂に笑顔を見せた。両の頬にえくぼが刻まれる、とびきりの笑顔である。
 その微笑みに、折坂の視線が釘付けになった。またぞろ胸の奥が、チクチクと痛み出す。
(いったいなんなんだ?この女の持ってるこの雰囲気。きれい?かわいい?そんなありふれた言葉じゃ表現出来るもんじゃないぜ)
 憂いを含んだ儚げな瞳。それでいて時折覗かせる芯の強さ。全てを包み込んでしまうような優しさに溢れている。その眼で見つめられると、どうかなってしまいそうだ。確かに、今まで会った事のないタイプである。その魅力にはまり始めていると、今ではハッキリ自覚していた。
「どうしたの?」
 訝しげな涼子の言葉で、折坂はハッと我に返った。呆けた顔で見とれていたに違いないと気付いて、慌てて眼を逸らす。
「い、いや別に……そろそろ出ようか」
 それだけ言うのが精一杯で、我ながら無様だとは思ったが仕方がない。
「ちょっと酔っぱらったかな。これくらいのワインで情けないな」
 アルコールのせいにしながら、折坂はフラフラと立ち上がった。
「そう、気をつけて…なぁんて、あたしも他人の事言えないワ。普段こんなに飲んだことないから、酔っちゃった」
 折坂の見え見えの言い訳に気付いていないのか、涼子はコロコロと明るく言った。もっとも、眼の前のプレイボーイが自分をどう思っていようと、そんな事はどうでもいいのだ。
 料理は美味しかったし、店の雰囲気も良かった。
(これで相手が竜だったら…どんなにかステキな夜だったろうな)
 そうなのだ。切ない乙女心を占めているのは、憎らしいアイツだけだったから。
「今日はホントにごちそうさまでした」
 店を出ると、涼子はピョコンと頭を下げた。
「おいおい、まだ十時前だぜ。帰るには早すぎやしないか?どうだい、ディスコへでも繰り出さないか?」
 先ほどの動揺からなんとか立ち直った折坂が誘いかける。
「あー、あたしああいうとこダメなの。うるさくて頭痛くなっちゃう」
「じゃ飲みにでも…」
「ダメダメ。これ以上飲んだら、おかしくなっちゃうわ」
 言ってるそばからちょっとよろける涼子。
 それを折坂が抱き留めて支える。
 その瞬間を、カメラのレンズが物陰から狙っていたなんて、二人は知る由もない。
「それじゃ送って行くよ。そんなに酔ってちゃ心配だ」
「へいきへいき。一人で帰れるから。折坂さんも、酔っぱらって運転しちゃダメですよ。車は置いて行きなさい。そいじゃ、おやすみなさぁい」
 酔って陽気な口調ながらも、涼子はキッパリと言って再び頭を下げた。
 いつもは強引な折坂も、今回ばかりはさすがにそれ以上引き留められなかった。
(悔しいが、本気で惚れたぜ相羽涼子。必ずお前をモノにしてみせるからな)
 どうやら涼子は、男の狩猟本能に火を点けてしまったようである。
 一方、当の涼子はと言うと。おぼつかない足取りで表通りへ出たところで、公衆電話に眼をとめた。
(竜いるかな?電話してみよっと)
 真っ先に思い浮かぶのは、もちろんそれしかない。早速携帯電話を取り出して、ナンバーをプッシュしてみたが……。聞こえて来たのは、無常にも留守番電話の声。仕方なく、
「コラーッ、今頃までどこほっつき歩いてんだ、慎崎竜!涼子さんは独りで困ってんだぞぉ。さっさと迎えに来なさぁーい!」
 などとムチャクチャなメッセージを怒鳴っておいて、通話を切った。こんな無茶な我がままを言えるのは、やはり竜をおいて他にない。
 涼子はちょっぴり淋しくなって、丁度そこへやって来たタクシーを捕まえた。

  ―つづく―


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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 4 [連載小説 3]

「おはようございまぁす……イテテテ」
 涼子は、元気にミキシングルームに入って来たかと思うと、いきなり頭を押さえて顔をしかめた。
 今日はオフ。そこでシャドウ・ムーンがレコーディングしているスタジオへ、遊びに来たという訳だ。
 現在レコーディングは、編集段階に入っている。自らプロデュースもしている竜は、ここのところ徹夜続きだった。たまに帰る程度で、ほとんどこうしてスタジオに詰めているのだ。
 リズムトラック一部修正の為、ドラムスのレイとベースのライジがレコーディングブースへ入っていた。他にはレコーディングスタッフが若干名いる程度である。
「おやおや涼子さん、珍しく二日酔いですかい?」
 キャメルに火を点けながら、竜は冷やかし気味に言った。
「エヘヘ。夕べ、ちょっと飲んじゃったもんだから」
 涼子が照れる。
「ほう。それでご機嫌になって、あんなとんでもない電話かけて来たってわけですかい?」
「ごめん。もちろん、本気じゃなかったわ」
 素直に謝ったのに、
「当たり前だ。留守電に、迎えに来いなんて入れるか?だいたい、どこにいるかも分からねぇのに、行けるかよ」
 なぜか竜は手厳しい。
「だから謝ってるでしょ……でもさ、って事は迎えに来てくれる気はあったんだ?」
「誰が行くか。酔っぱらい女を迎えにノコノコ出かけて行くほど、俺は甘くない」
「ぅ…………」
 酔っぱらい女がグサッと来たようだ。涼子の胸に切ないものがこみ上げて来て、思わず涙腺が潤む。
「ちゃんと一人で帰れたんだろうな」
 泣き出しそうになったのを見てか、一転して竜の声が優しくなった。
「うん……」
 込み上げてくるものをなんとか押さえながら、涼子は頷くのがやっとだ。
「それでか。今朝がたちょっと家へ帰って来たかと思ったら、急に深刻な顔になっちまって。涼子さん、あんまり心配かけちゃダメですよ。それでなくても竜のヤツ、ここんとこ忙しくてほとんど寝てないんだから」
 スタッフの一人がしたり顔で言った。中には竜と涼子の関係について知っている者もいる。が、親友というふれ込みを、どこまで信じているかは定かでない。
 スタッフの言葉を聞いて、涼子はたまらず竜に駆け寄った。それから深々と頭を下げる。
「ごめんなさい。竜の事なんにも考えずにあたし…我がままばっかり言って」
「まったく。朝帰ったら、いきなりあんなメッセージだ。電話しても出ねぇし。涼子は飲めねぇんだから、あんまり無茶するなよ」
「…………」
 いつもの優しさに戻った竜の言葉に声が出ず、涼子は黙って頷いた。同時に涙が一筋、頬を伝う。
「泣き虫」
 笑いながら無造作に髪を撫でられて、その胸に飛び込みたい衝動を必死に堪え、なんとか笑顔を作る。相手が竜だと、涼子はなぜか子供のようになって、つい甘えてしまうのだ。
「誰と飲んだか聞かないの?」
「男か?」
「…………」
 しかし涼子は答えない。黙ったまま、探るような眼で竜を見ている。
「まぁ、誰と飲もうが涼子の自由だ。俺がどうこう言う問題じゃない。保護者じゃねぇしな」
「そうよね」
 竜の言葉に落胆しながらも、
「ただ食事しながら、ワインをちょっと飲んだだけ。他には何もないわ」
 なぜか説明せずにはいられない。
「そうか…いずれにしても、俺にとって涼子は大切な人には違いない。あんまり心配かけないでくれよ」
「うん」
 素っ気ないかと思えば優しくする。竜の真意が掴めなくて、涼子の心は常に曇り空だ。
 そこへ、
「おっはようございまぁーす」
 涼子より更に元気な挨拶が響いたかと思うと、女の子がヒョッコリ顔を出す。
「あれ?唯ちゃん、また来たの?よっぽど竜にご執心なんだな」
 丁度タイミング良くレコーディングブースから出て来たレイにからかわれて、
「うるさいなぁ。レイさんこそ居残りさせられてるんでしょ、みっともない。あっ、ライジさんまで」
 唯は負けじとやり返した。更に、
「誰が居残りだって?竜はガキには興味ないってよ」
「誰がガキよ。どっから見ても立派な大人じゃない。見てよこのプロポーショ……」   ライジの言葉にもブツブツ抗議していたのだが、
「おや?今日は涼子さんまで来てたんですか」
 その言葉を聞いた途端、
「えっ、涼子って。もしかして相羽涼子さん?!」
 大きな眼を更に大きくしながら、涼子の前へ飛んで行く。その上、頭の先からつま先まで眺め回して確認すると、
「涼子さん、あたしずっとファンだったんです。あなたに憧れて歌手になろうと思って」
 唐突に切り出た。
「あれ?竜に憧れてたんじゃないの?」
「うるさいなぁ。意味合いが違うでしょ」
 外野のヤジに軽く抗議しておいて、再び涼子に向き直る。
「サインして下さい!えっと、何にして貰おうかな?えっと、えっと……」
 キョロキョロと周囲を探している唯に、
「これにして貰え」
 竜がスコア符を差し出した。
 それを涼子が受け取ると、手慣れた様子でサインをし、唯に渡しながら手を差し出した。さすがに先輩の貫禄が感じられる。
「竜に曲書いて貰うなんて凄いじゃない。がんばってね」
「ありがとうございます。がんばります!」
 唯は差し出された手を握り返しながら、少し緊張気味に言った。
「竜がお目当てで来たんじゃないの?」
 涼子が気を利かすと、
「そうだった、そうだった」
 などと言いながら、唯はピッタリと竜のそばに張り付いた。
「差し入れ持って来たんです。はい、お弁当」
 言いながら、持って来た荷物を広げる。
「竜ばっかりひいきするなぁ。他にもみんないるんだぞぅ」
「うるさいなぁ、分かってますよ。みんなの分もあるから…はい、どうぞ」
 レイの抗議に、唯は別の包みを無造作にテーブルの上に置くと、後は再び竜にかかりきりになる。
 差し入れの中身を、ああでもない、こうでもないと、一々説明しているのを見て、涼子はふと四年前の自分を思い出した。
(しのぶさんの眼にも、きっとこんなふうに映ってたんだろうな……)
 うるさがらずに相手をしている。それもまた、いかにも竜らしい。微笑ましくもあるが、やっぱり淋しさの方が大きかった。
(あたしの入り込む余地はどこにもないわ)
 そう感じた涼子は、そっと立ち上がった。
「さぁて、あたしはそろそろ帰ろうかな」
 努めて明るく言いながら扉の方へ向かうと、
「あっ、ちょっと涼子」
 竜が慌てて呼び止める。
 涼子が足を止めると、
「今度のアルバム、スコアは出来てるのか?」
 わざわざそばまでやって来て言った。
「出来てるけど、ギターは全部竜に任せるわ」
「そうか…それとその…」
 どうやら、本当に言いたい事は他にあるのだが、どう言っていいか分からずに逡巡しているようである。
「どうしたの?」
「つまり…唯は全然涼子とタイプが違うだろ?」
「…………」
 何が言いたいのか分からず、涼子には答えようがなかった。唯を見ていて、確かに昔の自分を思い出しはしたが、それは似ていると言うのとは違う気がする。しかし、似ているかいないかなんて、やっぱり自分では分からなかった。もちろん、ルックス的にはまるで違っているけれど。
「つまり、唯は俺のタイプじゃないって事さ」
 涼子が問いたげに黙っているのを見て、竜が早口でさり気なく言った。
「えっ?でもどうしてそんな事をあたしに……」
 なんとなく意味が分かって、そう聞き返しかけた時、
「あっ、もうこんな時間だったの。あたしも事務所へ行かなきゃいけないんだ」
 唯が慌てて声を上げた。
「ねぇ竜さん、ちょっと送ってってくれないかなぁ」
「何言ってんだ。俺だって忙しいんだぞ」
「だぁって。竜さんの車、四駆でしょ?カッコいい!一度乗ってみたいんだもん。近いんだからいいでしょう?ねぇってばぁ」
 唯は甘えて見せる作戦に出る。
「ダメだ。女は乗せない事にしてる」
「どうして?」
「乗り心地悪いとか、疲れるとか、すぐ文句を言いやがる」
「えぇー、言いませんよぉ、そんな事ぜったーい」
「とにかくダメだ。こういう事はけじめの問題だからな」
 いくら言っても、竜は頑として聞き入れない。
「あれ?こないだのライヴの後、確か涼子さん乗っけて帰んなかったか?」
 ライジが突然、余計な事を思い出した。
「涼子は特別だ」
「どうして特別なの?」
 竜の言葉に、しかし唯はそれだけじゃ納得しない。
「あたしは女と思ってないんじゃない?」
「そんなわけないです」
 涼子の言葉も、当然無駄である。
「涼子は四駆の事を良く分かってる。ランクルの良さもな。俺にとっちゃ頼りになる相棒だから、横に乗ってても安心だ」
「…………」
 そこまで言われては、さすがの唯も言葉が出ない。
「なんなら、あたしが送ってってあげようか」
「えっ?涼子さんが?」
「そうだ、そうして貰え。涼子の車も四駆だ」
「パジェロだけどね」
「えーっ、パジェロに乗ってるんですか?すごぉい。行きます、是非お願いします」
 唯はコロッと態度を変えた。
「おいおい、涼子さんに送らせるのかよ。怖いもの知らずだな、唯は」
 ライジの言葉ももっともである。デビュー前の新人が相羽涼子に車で送らせるなんて、考えてみれば、確かに大それた行為と言えるだろう。

  ―つづく―


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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 5 [連載小説 3]

「ひゃー、パジェロだ。でもこんなおっきな車乗り回してるなんて、涼子さん凄いです。カッコいい!」
 涼子の車を見るなり、唯は開口一番そう言った。
 実際のところ、大きさなんて普通の乗用車と変わらないのだが、車高がある分大きく見えるようである。
「大した事ないわ。こいつと比べたら、取り回しなんて乗用車と変わらないもの」
 涼子は、隣に停まっているランドクルーザーのグリルガードをポンポンと軽く叩きながら言った。
「これが竜さんの?でも、なんか古くさい感じ」
「それがいいのよ。この、鬼瓦権造みたいな顔がね」
 言いながら涼子が悪戯っぽく微笑むと、唯もいっしょになって笑う。
「鬼瓦権造?ホントだ。涼子さんうまいうまい。ホントにそんな感じ。鬼瓦権造、ゴンちゃんね……でも涼子さん、ゴンちゃん運転した事あるんですか?」
「ゴンちゃんねえ……(竜が聞いたら、なんて言うかしら?)」
 そう思いながら、涼子はちょっと苦笑いした。
「最近やっと運転させて貰えるようになったの。でも、あたしにはやっぱり手に負えないわ」
 昔に比べれば随分楽になったとは言え、格好だけの街乗り四駆に比べれば、やはり相応の覚悟がいるようである。唯言うところのゴンちゃんは。
「あたしも免許取ったら、四駆乗ろうかなぁ。だって、断然カッコいいですよ、涼子さん。自分で詞も曲も創って、ピアノ弾いて唄って、大ヒットバンバン。その上、四駆乗り回しちゃうんだから、ますます憧れちゃいます。あたしも涼子さんみたいになりたいなぁ」
「他人を目標にするのはいいけど、何も真似する事はないわ。あなたにはあなたのスタイルがあるはずだから。それに車なんて、本当に気に入ったら乗ればいいの。カッコだけ気取ったって虚しいだけでしょ。竜もあたしも、オフロード走りたいから四駆に乗ってるのよ…もっとも、好きなだけじゃ乗れない車もあるけどね、このゴンちゃんのように」
 涼子は説教じみたかなと思って、最後の方は冗談めかして笑った。しかし、
「はい、分かりました」
 唯は、真面目な顔をして素直に頷いている。
「さぁ、行きましょ。乗って」
 涼子は唯を促し、自分も愛車に乗り込むとエンジンをスタートさせた。
「どこへ行けばいいの?」
「六本木のサンプロなんですけど……」
「あぁ、あそこなら知ってるわ。唯ちゃん、サンプロ所属なんだ?」
「はい、よろしくお願いします。でも、涼子さんに送って貰うなんて。考えてみたらなんかあたし、とんでもなく図々しいですね。ごめんなさい」
 唯は今頃になってやっと事の重大さに気付いたようで、ナビシートでやたらかしこまっている。
「いいのいいの、気にしないで。どうせ暇なんだから」
 もちろん涼子は、本当にそんな事を気にするような女ではない。
「あの涼子さん……竜さんなんですけど……」
 車が通りへ出たところで、唯が遠慮がちに言った。
「竜がどうかした?」
「……本当はどうなんですか?」
「どうって?」
「その……親友だとか相棒だとか言ってますけど、本当は……」
「あぁ、あたし達の仲の事。気になる?」
 涼子は真面目な顔で前を見つめている。しかし内心は、自分と竜の仲を気にする少女が微笑ましかった。しかし、
「えっ?いや…その…まぁ、はい」
 当の唯は、シドロモドロになりながらも真剣である。
「心配いらないわ。確かに男と女だから、親友とか相棒ってのはピンと来ないかも知れないけど。感性が合うって言うか。なんて言ったらいいか分からないけど、趣味も合うし」
「たとえば…男として好きだとか、愛してるとか……」
「そうね、今更ね。そんな事感じる前に今の関係になっちゃったし。とにかく、仕事の上でもプライベートでも、あたしの事一番良く分かってくれる人なのよ。ワガママも言えるしね。あたしも竜の事は、一番良く分かってるつもり」
 涼子は、最後の部分をさり気なく強調した。
「それって、愛してるのとは違うんですが?」
「さぁどうかしら?でも、やっぱりお互いに恋愛の対象としては見てないわ。少なくとも、今のところはネ」
「そうですか……」
 唯は分かったような分からないような、しかしなんとなく安心はしたようである。
「唯ちゃんはどうなの?見たところ、だいぶ竜にお熱みたいだけど」
「あたしは……好きです」
 躊躇しながらも、キッパリと言い切った。
「涼子さんに憧れて、歌手になりたいと思って。それからシャドウ・ムーンを見て、竜さんに会いたくてこの世界に入って。そしたら曲書いて貰える事になって、もう嬉しくって。最初は憧れだけだったんです。でも初めて会って、それから接して行くうちに段々……」
「憧れが恋愛感情に変わっちゃったと」
「はい。だってミュージシャンを抜きにしても、あんなステキなひと、あたしの回りにはいませんよ」
「歳が離れてるから、大人に見えるんじゃない?」
「そんなんじゃありません!なんて言っていいか分からないけど、さっきの話からして涼子さんだって分かるでしょ」
 唯がちょっとムキになる。
(分かる分かる。あたしだっておんなじ気持ちだもの)
 涼子は心の中で呟いた。
「でも…竜さんはあたしに全然興味ないみたい。やっぱりライジさん達が言うように、子供に見えるのかしら」
「そんな事ないわ。でも、無理しない事よ。確かに恋愛も大切だけど、あなたには立派な歌手になるっていう、大きな夢があるでしょ。たくさん恋をして、それを唄に生かして。人間的にも大きくなれば、いつかはきっと竜も、唯ちゃんの魅力に気付いてくれるわ」
「そうでしょうか?」
「そうよ。あたしの見たところ、特定の彼女はいないみたいだし。誠実に想い続けていれば、いつかは竜にも通じるわよ。唯ちゃんの一途な想いがネ」
 涼子は、歳下の女の子の悩みに答えている自分がなんだか不思議だった。ちょっと前までは、自分だって同じ立場だったのに。いや、今だって変わらないはずだ。
「分かりました。あたし、がんばります!……あっ、そこ曲がったとこでいいです」
 唯の方は励まされた事で、だいぶファィトが湧いて来たようである。
 涼子は、言われた通りに左折したところで車を停めた。
「頑張ってね」
「はい。色々ありがとうございました。涼子さんも気をつけて」
 そう言い残すと、唯は元気に駆け出して行く。
 その姿を眼で追いながら、涼子はフッと溜息をついた。
(あたしも、随分狡い女になったわ)
 唯に話した事は、決して嘘ではない。ただ昔の二人の関係と、それから竜への本当の想いを言わなかっただけ。
 唯の想いは純粋だった。そう、かつての自分みたいに。
(なぜ隠したの?でも、話したからってどうなるのよ)
 唯を騙した訳じゃない。でも、自分に嘘をついた。
(これが大人になるって事なの?)
 そう思うとなんだか虚しくて、唯と同じ歳だった頃の自分が無性に懐かしくなる。あの頃は怖いものなんてなくて、ただ純粋に竜を愛していたのに。
「ズルイ……おんな」
 涼子は再び呟き、アクセルを踏んだ。
 街は茜色から葡萄色に変わり始め、空虚な心を優しく包み込みながら静かに流れて行く。

「ミュージック・ファクトリー」
 司会者のタイトルコールとともに、番組はスタートした。
 相羽涼子はもう常連、シャドウ・ムーンも何度か出演している生放送の音楽番組。しかし今夜は、特別な趣向があった。かつて竜が、涼子のバックバンドでギターを弾いていた事を、エピソードも交えて披露するのである。
 テレビ局としては、確実に視聴率を狙える企画だった。その為に、かなり衝撃的な見出しを新聞のテレビ欄に打っている。
 番組は順調に進行し、相羽涼子、シャドウ・ムーンの現在のヒット曲も終わった。そしていよいよ、話題のコーナーへと突入する。
「さて皆さん、お待たせしました。慎崎竜、相羽涼子をひいていた!衝撃的な新聞タイトル、ご覧になりましたでしょうか。ひいていたって言っても、別に事故起こしたわけじゃないんですよ……それでは改めてご紹介しましょう。相羽涼子、慎崎竜のお二人です!」
 司会者の笑いを誘いながらの紹介の後、
「どうも」
「よろしくお願いします」
 竜と涼子が揃って挨拶しながら、メインシートに腰を下ろした。
「早速ですが。慎崎さんは以前、涼子ちゃんのバックでギターを弾いていたとか。まぁ、熱心なファンの方で、知ってる人は知ってると思うんですけど」
「えぇ。三ヶ月ぐらいだったかな?確かに飯食わして貰ってました」
「確か、この番組にも出演してますよね」
「二、三回出たかな?」
「そう言えば、当時結構話題になったんですよ。あのギタリストは誰だって。ただ、慎崎さんあんまり表に出たがらなかったんですよね」
「えぇ、根がシャイなもんで」
 その言葉に、後ろの席がドッと沸く。
「どこがシャイだって声が、後ろの方で上がってますけど」
 しかし竜は、
「ギター握ると人間変わるんです」
 などと空惚けて見せる。
「しかし、どういういきさつで、バックバンドに入ったんでしょう。これは涼子ちゃんに聞いた方がいいかな?」
 司会者が、手際よく話を涼子の方へ振る。
「はい。あの頃私はまだデビューしたばかりで、ミニコンサートみたいなイベントを企画したんですね。ところが、予定していた会場が都合で使えなくなって、急遽楽器店のホールを使わせて貰うことになったんです。そしたら今度は、本番直前になってバンドのギタリストがケガしちゃって、ギター弾けない。今更代役なんていないようって焦ったんですけど。そうだ、ここは楽器屋さんだ。ギター弾ける人が一人や二人いるはずだと」
「たまたまそこに慎崎さんがいたと。それじゃ誰でも良かったんですね」
 司会者が冗談めかすと、それを受けて、
「そりゃそんな時に、エリック・クラプトンやジェフ・ベックは呼べませんやね」
 竜もふざける。
 スタジオ内が爆笑の渦に包まれた。
「まっ、そりゃそうですやね。それで」
 司会者もリラックスしながら先を促して行く。
「その時はワラをも掴む思いで。まぁ、誰でも良かったんですけど……」
「俺はワラかい?」
「ちゃんと聞きなさい」
 竜がふざけるのを、涼子が窘めた。
「スイマセン」
 そのやり取りに、また笑いが起こる。
「で、慎崎さんに演って貰ったんですけど、これがもの凄く良かったんです」
「そりゃ俺も男ですから、やるときゃやりますよ」
 そこでまた大爆笑。
「いや慎崎さん。やる意味合いが違うと思うんですけど。でも、今の涼子ちゃんのいい方だと、確かにそうとれますけどね。要するに、慎崎さんにギターを弾いて貰ったら、そのプレイがいい出来だったと、そういう事ですね」
 司会者が笑いながらフォローする。
「当たり前ですよぉ。もう、竜が変な事いうからぁ」
 涼子にもやっと理解出来たようで、真っ赤になっているのが可愛い。慌てて、つい普段の口調が出てしまった。
「俺は別に、ギター弾く時はビシッと決めるって言いたかったんだけど」
「おやおや、いつもは竜なんて呼んでんですか?……まっ、取り合えず続けて下さい」
「それで…えーと…あ、そうそう。私のイメージ通りのギターを弾いてくれたんです。それでどうしてもバックバンドに入って貰いたかったんですけど、いくら頼んでもOKしてくれないんです」
「それはまたどうして?」
 司会者が竜に話を向ける。
「当時から自分もバンドやってましたからね。時間とられちゃうでしょ。それに、バックミュージシャンてのはダメなんですよ。自分の思い通りに弾けないから」
 今度は竜も真面目に答えた。
「なるほど」
「でも、私もどうしても諦め切れなくて。結局、最後は祈るような気持ちで説得して、やっと引き受けてくれたんです」
「涼子ちゃんも、やるときゃやりますね」
「そりゃ私も女ですから」
 司会者の突っ込みに答えてスタジオの笑いを誘う。涼子もなかなか強かである。
「慎崎さんが加入して間もなくですよね、『ティアーズ・フォー・ユー』がヒットし出したのは」
「そうです。慎崎さんのギターを得て、私も凄く唄い易くなって。今の私があるのも、ひとえに慎崎さんのおかげと感謝しております」
「どういたしまして。お礼に、今度デートして下さい」
「そういう交渉は番組の後でして貰うとして……それが三ヶ月間というのは?」
「さっき言った理由と同じですよ。時間取られるのと、自由に弾けない。だいぶ好き勝手に演らせて貰ったんですけどね。ギターはほとんどお任せだったから。それでもやっぱり、バックシャンは性に合わない」
 そうは言ったが、本当の理由は他にあった。だが、それをこの場で言う訳には行かない。
「ここで、当時この番組に出演した時のVがあるんですけど、見てみましょうか」
 司会者の言葉の後、四年半前に初めて出演した時の『ティアーズ・フォー・ユー』のVTRが流された。
『若い』
『懐かしい』
 などの言葉とともに軽い笑いが広がる。
「いやー、懐かしいですねぇ。今と全然違うワ」
 竜は頻りに照れている。
「随分涼子ちゃんに絡んでるじゃないですか」
「彼女のリクエストだったもんで。なるべくバンドっぽく演りたいって」
「涼子ちゃんも、こうして見ると結構変わってるんだ」
「そうですね。五年近く経ってますから」
「しかし、五年も前に慎崎さんの才能に眼を付けるなんて。涼子ちゃんもさすがですよ」
「…………」
 涼子も無言で照れている。
「ところで、『ティアーズ・フォー・ユー』の次に出したシングル、『ダンシング・イン・ザ・スノウ』のレコーディングに、慎崎さんが参加してたって聞いたんですけど。つまり、あのCDに入っているギターは慎崎さんだと」
「そうですよ。急遽弾く事になって」
「それじゃ、言ってみればそれが初CDって事になるわけだ」
「まぁ、そういう事ですかね」
「それと実は、これさっき掴んだ重大な情報なんですけど。なんと、今度の相羽涼子のアルバムで、全曲慎崎竜がギターを弾くという。どうです?」
「そうですよ。もうじき録りに入ります」
 大げさな司会者の問いに、涼子がサラリと答えた。
「曲の方はまた、全曲涼子ちゃんの?」
「えぇ、私の作詞作曲です。それと今回、初めてプロデュースもしてるんです」
「詞も曲も創って、ピアノ弾いてもちろん唄って、プロデュースまで。凄いですねぇ。更に女優業までこなしてるんだから、まさにマルチな活躍ぶりだ……凄いといえば、アルバム全曲で慎崎竜がギターを弾くってのも、凄いじゃないですか?」
「そうですか?付き合い長いですからね、涼子とは」
 竜の言葉もさり気ない。
「実は、もの凄く仲がいいと聞いたんですけど」
 ここまで来て、司会者が思い切ったように聞いた。
「いいですよ。竜、涼子の仲ですから。そのうち婚約発表しますよ」
「それだけは絶対ありません!」
 竜の言葉を、即座に涼子が否定して笑う。いかにも仲の良い証拠に見える。
「どこまでが本当か良く分かりませんが。ただ、慎崎さんが涼子ちゃんのアルバムに参加するっていうのは、間違いありませんね」
「えぇ。これで願いが一つ叶いました」
「一つって事は、まだあるんですか?」
「実は、コンサートでギター弾いて貰うのが夢だったんです。もちろん今でも。CDやテレビでは演って貰ったけど、やっぱりたくさんのファンが集まる生のステージで、慎崎さんのギターをバックに思い切り唄いたいなぁって」
 涼子が眼を輝かせる。
「その辺はどうなんでしょう?慎崎さん」
「スケジュールの調整がねぇ。なかなか難しいと思いますけど」
 竜は言葉を濁した。どんな場合でも軽々しく約束しない。いかにも彼らしい言葉である。
「そうですか。まぁ、その辺は今後の楽しみにとっておくとして。そろそろ涼子ちゃんに、懐かしの『ダンシング・イン・ザ・スノウ』を、慎崎さんのギターをバックに唄って貰いたいと思います。スタンバイお願いします」
 司会者に促されて、二人は演奏の準備に向かう。
 ほどなく準備は整い、
「よろしいでしょうか…それでは再び聴いて頂きましょう。相羽涼子ウィズ慎崎竜!『ダンシング・イン・ザ・スノウ』…どうぞ」
 涼子二曲目のナンバーワンヒット曲がスタートした。

  ―つづく―


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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 6 [連載小説 3]

 結局、あの晩のミュージック・ファクトリーにおける『ダンシング・イン・ザ・スノウ』は、大反響を呼んだ。プロのミュージシャン同士によるエンターテイメントとして概ね好意的に受け取られ、視聴率も番組史上最高を記録したのだ。
 二人の仲の良さが、男と女の関係として取り沙汰される事もなかった。それほどまでに、次元の高いパフォーマンスを見せつけたという事なのだろう。
 その後間もなく、涼子はレコーディングに入った。そして、今日はギターパートを全て録り終わり、ホッと一息ついているところである。
「ねぇ竜。ここどう唄ったらいいと思う?」
「どうって。涼子が書いたんだろ、詞も曲も。俺が知るか」
「そうだけど。イマイチつかめないのよねぇ」
「俺はボーカルじゃないから、唄の事は良く分からねぇけど。ただ、さり気なく、それでいて感情を込めてギターを弾いたつもりだけどな」
「そっか!あたしもそう唄えばいいんだ…でもむずかしいなぁ」
 二人ともリラックスしていた。竜はコーヒー、涼子はミルクティを飲みながら、いつもながらの仲の良さである。そこへ、
「いやー、大変だ。マズイ事になっちゃったよ、涼子ちゃん」
 涼子の新しいマネージャー、須賀が血相変えて飛び込んで来た。
 もちろん、マネージャーはこの男一人だけではない。女性も含め、他に三人いる。デビュー当時とは違い、現在の涼子のスケジュールをとても一人でこなせるものではない。
 須賀はつい最近、涼子デビューの時からずっと付いていた海老根と入れ替わる形で、マネージャーになったばかりである。年齢三十歳。若干太り気味の、普段は割と呑気に構えている男なのだが。
「どうしたのよ、須賀さん。何慌ててんの?」
 涼子がおっとりと訊ねる。
「これ見てよ、これ」
 苦り切った様子の須賀がテーブルの上に放り出したのは、写真週刊誌。表紙には、
『相羽涼子、折坂恭二とドラマの後の熱い抱擁!』
 という見出しが大きく躍っている。
 それを見た涼子の顔から、スーッと血の気が退いた。急いで写真誌を手に取り、ページをめくる。
「参ったよなぁ。よりによって折坂恭二とはねぇ。慎崎さんならまだ良かったんだけど」
 須賀が大きく息をつきながら言った。
 引き合いに出された当の竜は、キャメルをくゆらせながら我関せずと言った態度を装っている。
 目当てのページを探し当てた涼子は、そこに写っている写真を見て愕然となった。余りの驚きに声も出ない。眉間にシワを寄せながら、ジーッと見入っている。
 決定的瞬間を捉えた写真。そこには折坂恭二の腕に抱かれながら、甘えるような仕草でその胸に頬を寄せている涼子が写っていた。ちょっとよろけるような足元が不自然だったが、かなり鮮明に写っているそれは、どう見ても熱愛中のカップルのツーショットである。
「へぇー、良く撮れてるじゃねぇか。こりゃどう見ても、これから盛り上がるぞぉって感じのお二人さんだ」
 呆然と写真を見つめている涼子から、雑誌を取り上げた竜。そこに写っているシーンを見て、皮肉たっぷりに言う。
 涼子は慌てて写真誌を取り返しながら、
「ちがうわ……」
 やっとの思いで、絞り出すようにそれだけ言った。
 写真は時として嘘をつく。しかし人は皆、そこに写っているものを全て信じて疑わない。
「まっ、いいんじゃない?涼子ももう二十一だろ。男がいたって不思議じゃないからな……さて。仕事も終わったし、俺は帰るとするか」
 竜はあっさり言うと立ち上がった。
「慎崎さんの言うのももっともだけど。しかし、相手が折坂恭二じゃなぁ。マスコミへの対応を考えると、頭痛いよまったく。これから大変だぜ、涼子ちゃん」
 ドアを出て行く竜を眼で追いながら、思わず須賀がぼやく。
「ちょっと待って、竜!」
 ガチャンとドアが閉まる音にハッとなった涼子は、慌てて後を追った。
「竜、待ってったら。あたしの話を聞いてよ!」
 建物を出たところで竜を捕まえる。
「…………」
 無言で振り向く竜。
「あんな写真ウソよ」
「嘘ったって。現に写ってるんだせ。ありゃどう見たって……」
「あたしが酔ってフラついたのを、折坂さんが支えただけ。あんなふうに撮るなんて卑怯だわ」
「卑怯って言ってもなぁ。撮られる側がそうしなきゃ、撮りようがない」
「きっと何枚も撮って、その中から選んだのよ。良くやる事じゃない」
「…………」
 涼子の必死の弁解に戸惑って、竜はなんて言っていいか分からない。
「前にも話したでしょ。食事に誘われて、ワインを少し飲んだって。あたしお酒飲めないから酔っちゃったのよ。それ以外の事は何もないわ。竜にも電話したじゃない。その後一人で帰ったわ。本当よ、信じて」
「まぁ、俺はいいとして…それをマスコミやファンに納得させるのは大変だぜ」
「マスコミなんかどうだっていいのよ。あたしはただ、竜に信じて貰えればそれで……」
 涼子には竜の気持ちが全てだった。有りもしない事で彼に疑われるのだけは、絶対に嫌なのだ。
「俺一人が信じたって仕方ねぇだろ」
「分かってよ!もうたくさんだわ。親友ゴッコなんて、もうウンザリ。あたしは今でもあなたが好き。ううん、前よりもずっとずっと愛してるのよ」
 涼子はもどかしい気持ちをとうとう吐き出した。
 しかし、竜はあくまでも冷静である。
「涼子こそ分かってるだろ?もう終わったんだ、昔には戻れない」
 涼子の切ない訴えも、頑として受け付けない。
「どうしてダメなの?何がいけないのか…あたしには分からない」
「とにかく……決めた事だ」
「戻れないんならそれでいいわ、終わったんなら。でもそれなら、また一から始めればいいじゃない。もう一度最初から……」
「それは出来ない」
「どうしてよ、理由を言って!ダメだ、出来ないだけじゃイヤ!」
 涼子はどうにもならない苛立ちを爆発させた。
「あたしの事嫌いなんでしょ?うっとうしいんでしょ?そうならそうだって、ハッキリ言ってよ」
「涼子……」
「変な優しさかけて、気を持たせないで。竜には唯ちゃんがいるもんね。あたしがうるさくつきまとわなきゃ、心おきなく付き合えるもんね」
 眼にいっぱい涙を溜めて精一杯皮肉る涼子に、竜の胸は激しく痛んだ。しかしそんな彼女を抱きしめてやる事は、やっぱり出来ない。
「…………」
「いいよ。もう二度とあたし竜には逢わないから。あたしだって折坂さんと旨くやってくもん」
 竜が黙っているのに失望して、涼子は絶対に言いたくなかった最後通告を口にした。
「それから…今回のレコーディングはなかった事にして。あたしがプロデュースしてるんだから、違うギタリスト見つけるわ……さよならっ!」
 そう言い残すと、涼子はスタジオの中へ消えて行った。
『さよならっ!』
 最後の言葉が頭の中でこだましている。
(こんな事で本当に終わるとは……)
 竜は深く大きく息をつき、車に乗り込んだ。キーを捻るとランドクルーザーが息を吹き返す。そのディーゼルサウンドは、まるで涼子との思い出を奏でているようだった。

 翌日。涼子はドラマの撮影に入っていた。
 昨日の事がまだ尾を引いていてなかなか仕事に集中出来なかったが、それでもなんとか無事撮影を終了させる。
 その後折坂に誘われ、半ばヤケ気味に先日のレストランへとやって来た。
「しかし参ったよなぁ、あの写真」
 食事中は、なんとなくギクシャクした感じだった二人。空腹も満たされてリラックスしたのか、折坂がずっと気になっていた事を口にした。しかし、
「あら。折坂さんがそんな事言うなんて以外ね。もう慣れっこかと思ってた。あたしなんて全然気にしないわ。勝手に騒がせとけばいいじゃない」
 涼子の方は全く平気な様子である。
「ただ、アルコールの方は少し控えなきゃネ。ドジって二人の仲、邪魔されたくないでしょ」
 などと言いながら、ウィンクまでして見せる。
「あ、あぁ。そうだね」
 そんな、この前とはうって変わった親しげで大胆な態度に、折坂はすっかり呑まれてしまったようである。その後も、終始涼子のペースで夜は更けて行った。
「ごちそうさま。今夜はホント楽しかった」
 涼子は笑顔でそう言うと、マンションまで送って貰ったポルシェから降りた。更にわざわざ運転席側に回ると、
「ねぇ、いつも折坂さんにお持たせじゃ悪いから、今度はあたしがごちそうするわ。和食の美味しいお店があるんだけど、明日空いてる?」
 首を傾けながらそんな事を訊ねる。
「あぁ、空けとくよ」
「良かった。あたしも八時には帰ってるから、迎えに来て」
「分かった、迎えに来る」
「かならずよ。それじゃおやすみなさい」
 可愛く言って、涼子はきびすを返した。その背中に向かって、
「おやすみ」
 言葉を投げながら、折坂は締まりのない顔でニヤニヤしている。女慣れしているはずのこの男も、今やすっかり涼子の魅力にはまっていた。いや、魔力と言ってもいいかも知れない。
 憂いを含んだ瞳で微笑まれると、男は皆魂が抜けたようになるらしいのだ。ウソだと思ったら一度試してみるといい。ただ涼子本人は意識的ではないようで、それだけに余計始末に悪い。それは内面から滲み出る純粋さの為せる業であって、決して外見的な美しさばかりに依るものではないからである。それを理解し得た者だけが、彼女と同じ次元に立つ事が出来、その心を手に入れる事が出来るのだろう。
 折坂恭二はその事に気付いていなかった。しかし、今迄の遊び気分は既にない。他の女と違い、本気で涼子を手に入れようと考えていた。その証拠に、マンションの前まで送って来ただけで大人しく帰るつもりなのだ。いつもは強引なのに、今度ばかりは無理強いせず、かなり慎重になっている。
 そして次の日も、折坂は約束の時間に迎えに来た。今度はメルセデス。
 涼子はそのリザーブシートに納まり、行きつけの日本料理店にやって来た。ここは仕事の後など、スタッフといっしょに良く利用する店である。
 そしてここでも実に楽しげに、且つ大胆に振る舞っていた。
 そんな夜が四、五日も続いただろうか。一方では、テレビのワイドショーや週刊誌の取材攻勢が凄まじかったが、全て無視し続けていた。そして今夜は仕事の都合で折坂とも会えず、涼子は十一時を回った頃、マンションの自室へ帰って来た。
 明かりを点け、メッセージを聴く為に留守番電話のテープを走らせる。入っているのは、女友達や仕事関係のメッセージばかりで、竜からの電話は当然今日もなかった。
 分かっている事とは言え、微かな期待を裏切られて、涼子は軽い溜息をつく。
 折坂と会って面白可笑しく装っていた時は、その後独りになっても気分が紛れた。しかし、レコーディングの後疲れてそのまま帰って来ると、やっぱり寂しさが襲って来る。初めてのプロデュースで気を遣い、かなり神経も参っていた。
(竜のバカ…どうしてそばにいてくれないの……)
 自分から絶交しておきながら、竜に八つ当たりする。
 黙りこくった電話を、祈るような気持ちで見つめていると、来客を告げるベルが鳴った。
 ハッとしながら胸がときめき、再び微かな期待と共にインターホンの受話器を取る。
「どなた?」
「あたしよ、理美」
「なんだ、理美か」
 涼子は、落胆した気持ちを思わず言葉にしてしまった。
「なによ。あたしで悪かったわね。男でも待ってたの?」
「別にそんなつもりじゃないわ、ごめんなさい。今開けるから、上がって来て」
 冗談めかして言う理美に、涼子は少し気を取り直して答えた。

  ―つづく―


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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 7 [連載小説 3]

 メインエントランスのロックを解除すると、ほどなく理美が上がって来る。
「ヤッホー涼子、げんきー?」
 玄関を入るなりそう言った。しかし夜も十二時近いと言うのに、いつもながら明るい。
「理美はいつも元気ね」
「まぁね。それよかさ、あんたの好きなアルヘイムのレアチーズケーキ、買って来て上げたのよ。いっしょに食べよ」
「へぇー、気が利くじゃない……でもさぁ、なんか魂胆があるんでしょ?」
 リビングルームに案内しながら、涼子が疑いの眼差しを向ける。
「アハハ、ばれた?実はさぁ、今夜泊めて貰おうと思って。いつも兄貴んトコばっかだとうるさいでしょ、家へ帰れって…迷惑かな?」
 理身もさすがに遠慮がちに言った。
 しかし、涼子にしてみれば寂しさに絶えかねていたのだ。迷惑どころか却って嬉しいくらいである。
「そんなわけないじゃない。泊まってって」
「彼氏が来るんじゃないの?」
 さっきの涼子の態度と、折坂恭二との熱愛報道を、理美は気にしているようだ。
「そんなもん、いるわけないでしょ。変な気まわさないでよ、理美」
「でもさぁ……まっいいか。取り合えず、ケーキ食べよ」
「あたし、お茶入れるわ。ケーキかして、お皿に移して来る」
 その言葉にケーキの箱を渡すと、理美は勝手にリビングへ行ってソファに腰掛ける。
 暫く待っていると、涼子がミルクティとレアチーズケーキをトレイに乗せて来た。
「お待たせー」
「おー、これよ、これ。涼子特製のミルクティ。森屋佐紀子さん直伝、だったっけ?」
「そうよ」
「うん、いけるいける……ケーキも美味しい。どうしたの?食べないの涼子」
 フォークを持ったままぼんやりしている涼子を見て、理美が不思議そうに聞いた。
「えっ?あっ、食べるよ」
 ハッとしながら、ケーキを一かけ口に運ぶ。
「やっぱり、チーズケーキはアルヘイムが一番よね。美味しいわ」
 涼子は無理して微笑むが、やはりどことなくわざとらしい。
「どうしたのよ、涼子。やっぱりなんか変だよ。いつものあんたらしくないもの」
「そんな事ないよ。ただ、レコーディングでちょっと疲れてるだけ。初めてプロデュースもしてるでしょ。神経遣うんだ」
「それだけじゃないんじゃない?……折坂恭二、違う?」
「…………」
 ズバリ核心を突いた理美の言葉に、涼子はたまらず眼を伏せる。
「あんな写真撮られちゃショックよねぇ。落ち込むのも無理ないわ」
「でも、どう見ても熱愛カップルでしょ、あの写真」
「まぁね。でも、写真なんて撮りようだわ。まさか涼子が、言っちゃ悪いけど、あんな男と付き合うわけないものね」
「付き合ってるわ」
「えっ?」
 意外な言葉に、今度は理美が驚いた。
「食事もしたし、お酒もちょっと飲んだし、車で送って貰ったし、楽しかった……でも、それは全部ウソ。ただ自分を騙してそうしてただけ…竜への当てつけのつもりだったのかな。バカみたい」
 涼子が深い溜息をつく。
 それで理美にも、なんとなく理解出来た。
「兄貴と何かあったんだ?今でも愛してるんでしょ、ほんとは」
「ケンカしちゃった。ううん、そうじゃない。あたしが一方的に怒って、いつもそうだけど。いつもあたしがワガママ言って、困らせて……でも、今度はダメ。こんな事、理美に言っても仕方ないね。ゴメンね」
「何言ってんのよ、バカね。話してみなよ、妹のあたしじゃ言いずらいかもしれないけど。楽になるかもよ」
「そうね……最初は、あの写真が原因だったの……」
 理美の優しさに、涼子は戸惑いながらも話し始め、やがて竜との仲違いのいきさつを、更には本当の心境を、全てさらけ出した。
「……それで、もう二度と逢わないって言っちゃったの」
「そう、涼子そんなに兄貴の事…やっぱりね、そう簡単に忘れられるはずないものね」
「バカだと思うでしょ、あたし。いつまでも未練がましく」
「バカなのは兄貴の方よ。だいたい頑固なのよね。一旦決めた事は、絶対に曲げないの。自分に厳しいって言えば聞こえがいいけど、その為に他の人が傷つく事もあるんだって分からないんだわ」
「でも、竜は間違ってないわ。いつだって自分の方へしょい込んで、決してあたしを責めたりしないもの」
「ちょっと待ってよ、涼子。あんたが兄貴の味方してどうすんのよ」
「あぁ、ゴメン」
 理美は苦笑いと共に肩をすくめた。しかし、涼子のもどかしい心境も、もちろん理解出来る。
「まぁ、あんたは兄貴が好きで悩んでるんだから、しょうがないわね。でも兄貴だって、あたしが見た感じじゃ、まだ涼子を愛してるんだと思うけど」
「どうかしら。いずれにしても受け入れてくれないんだもの、同じ事よね」
「いや、アイツだって涼子に首ったけなはずよ。絶交されて、今頃独りで落ち込んでる姿が眼に浮かぶわ。普段は強いんだけどさ、これが涼子の事となるとからっきし意気地がないんだわ、昔から」
「…………」
 一人で息巻いている理美に、涼子はなんて言っていいか分からない。
「暫くほっとけばいいのよ。涼子に冷たくされて、いい薬だわ。とにかく、あんまり思い詰めない事ね。あたしが、それとなくクギを刺しといてあげるから」
「ちょっと待って、理美。そんな事しないで、あたしは大丈夫だから」
 涼子は慌てた。それじゃ妹に告げ口したみたいで、なんとなくバツが悪い。
「心配しないで。涼子から聞いたようには言わないから」
 それくらいは理美も心得ている。
「でも……」
 涼子はまだ何か言いかけたがやめにした。本気で自分を気遣ってくれる、理美の優しさが嬉しかったのだ。
 そしてその晩理美が泊まってくれた事で、涼子の気持ちもだいぶ軽くなったようである。

「兄貴?おかえりー」
 翌晩。理美は早速竜の部屋へやって来て、兄の帰りを待っていた。
「おう理美か。良く来たな」
(やっぱりね)
 理身は心の中で呟いた。竜の様子がいつもと違うのは一目瞭然である。
「あれ?兄貴、元気がないじゃない」
「あっ?あぁ…レコーディングでな。さすがにハードで、ちょっと参ってる」
「(こっちもレコーディングか。仲がいい事)それだけじゃないんじゃない?涼子とケンカしたとか」
「涼子に聞いたのか?」
 竜の顔が心なしか強張る。
「図星だった?やっぱりね。何年兄妹やってんのよ、それくらい見りゃ分かるわよ。兄貴、涼子とトラブると可哀想なくらい落ち込むもんねぇ」
 理美だってそれくらいの演技は朝飯前だ。
「やかましい。俺は別に落ち込んじゃいねぇよ」
「強がるなって。ほんとはまだ涼子の事、愛してるんでしょ?」
「…………」
 竜は答えない。しかしそれは、暗に肯定しているとも取れる。
「あんまり突っぱんない方がいいよ。涼子っ、ほんとはまだ愛してるんだーって、言っちゃった方が楽になると思うけど」
「理美、お前なぁ……」
「分かってるって、決めた事だって言うんでしょ?でもさ、それを貫き通したからってなんなのよ。それで親友面したからって、苦しいだけだと思うけど」
 理美は手厳しかった。わざと兄に喋らせず、痛いところを突きまくっている。
「理美、お前俺に説教しに来たのか?!しまいにゃ怒るぞ」
 竜は返す言葉が見つからなくて、兄貴風を吹かせて見せた。
『我ながら情けない』
 と思うが、他にどうしようもない。
 しかし理美の方は内心ニコニコである。
(だいぶ効いたみたいね)
 心の中ではそう呟きながら、
「おお怖い。ぶん殴られないうちに帰ろっと」
 実際にはそう言って、慌てて玄関へ向かった。そして、
「大切な涼子姫に嫌われないよう、せいぜい頑張りなよー」
 最後にそう言い残すと、そそくさと出て行った。
「理美のヤツ…生意気言いやがって」
 竜はボソッと呟いた。しかしその眼は以外と穏やかである。あんな辛辣な事をハッキリと言ってくれるのは、妹である理美だけだろう。
「理美、お前の言う通りかも知れない…だけど……」
 竜はカーテンを開いて階下を見下ろしながら、もう一度呟いた。疲れているはずだが、今夜は眠れそうもない。

「もしもし」
 涼子は期待と不安が入り交じったような面持ちで受話器を取った。
「あっ涼子?あたし」
「理美?」
「そう。今、兄貴んとこへ行って来たわ」
 理美は竜のマンションを後にすると、早速涼子に電話して来たのだ。
「ビシッと言って来たから。大丈夫、アイツの心はまだしっかりあんたのものだから、心配ないわ」
「でも、理美。あたしはどうすればいいの?」
「甘ったれないの、それくらい自分で考えなさい…なぁんてネ。ただ、あんまり焦らない方がいいわ、あたしに言えるのはそれだけ」
「分かった。ありがとう、理美」
「どういたしまして。じゃあね……」
「あっ、待って理美」
 理美が電話を切りそうになったので、涼子は慌てて止める。
「いまどこなの?」
「兄貴のマンションを出たとこだけど……」
「迎えに行くから、そこで待ってて。今夜は泊まってってよ」
「いいよ。今夜は家へ帰るわ」
「横浜へ?」
「他にどこがあるのよ。そんなにいくつも家ないよ、あたし。別荘なら二つあるけどね」
 理美がおどけて見せる。
「フフフ、そうね。その別荘の一つへ泊まってけば?」
 涼子も笑いながら調子を合わせた。
「やっぱ、やめとくわ。兄貴にばれたらマズイでしょ。それじゃ、携帯の電池切れそうだから。おやすみぃー」
 そこまで言うと電話は切れた。
「理美……」
 親友の細やかな心遣いに感激して、思わず涙が出そうになる。
「ありがとう」
 切れた電話にもう一度ささやいて、涼子はそっと受話器を戻した。
 部屋の明かりを全て消すと、静かに闇が浸入して来る。
「竜、どうすればいいのあたし…逢いたいよ。ほんとの気持ちを知りたい…あなたもあたしに逢いたいと想ってるの?」
 悲しくて、切なくて、涙が頬を伝って落ちる。祈るように電話機を見つめるが、いくら待っても呼んではくれない。
 涼子は無意識に受話器を取り上げ、竜のナンバーを押した。ハッとして、再び戻す。

「マスター、もう一杯」
 竜は五杯目のお代わりを注文した。
 マスターは無言でグラスに氷を入れ、バーボンを満たしてくれた。
 それを一気にグイッと呷る。
「どうすりゃいいんだ」
 呟いてまた呷る。
「涼子……」
 竜は叩き付けるように、空になったグラスを置いた。
 部屋にいても落ち着かず、行きつけのバーへ来てはみたものの、どうやら酒も空虚な心までは埋めてくれないようである。
「マスター、ここに置くよ」
 多すぎる代金をカウンターに置くと、フラフラと店を出た。
 散り始めた夜桜が肩に舞う。竜はキャメルに火を点けた。吸い込んで見上げると、桜吹雪を透かして月が輝いている。
「いさぎいいな」
 自分を、桜の散り際と比べてあざ笑った。

 竜と涼子は、それぞれの想いを抱きながら、眠れぬ夜を別々の場所で過ごしていた。

  ―つづく―


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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 8 [連載小説 3]

「涼子帰ってるのか?表に車があったぞ」
 玄関で、大好きな父の声がした。
「あっ、お父さんだ!」
 台所で夕食の支度を手伝っていた涼子は、真っ先に飛んで行く。
 眠れぬ夜を過ごした後、結局どうする事も出来ぬまま、数日が過ぎて行った。
 レコーディングが一段落したある日。涼子は無性に父が恋しくなり、東京都下、東村山市にある実家へ帰って来たのだ。
「お帰りなさぁい」
「おう、涼子か。元気そうだな」
 久しぶりに愛娘の姿を見て、父の陽造も嬉しそうに相好を崩している。
「うん、父さんもね。もうすぐお夕飯の支度できるから」
「涼子が作ったのか?そりゃ楽しみだな」
「エヘヘ、手伝っただけだけどね。ビール飲む?」
「それじゃ、一本貰おうかな」
 父は居間に腰を下ろし、娘は台所へビールを取りに行く。
「お待ちどおさまぁ」
 涼子は、手にしたビールとつまみをテーブルに置いた。
「はい、どうぞ」
 栓を抜き、お酌をする。
「すまんな。お前も一杯どうだ?」
「あたしはまだ、夕飯の支度があるから……」
「そんなもん、後は母さんに任せておけ」
「そうよ。せっかくだから、一杯くらい付き合って上げなさい。涼子と飲めるのが、もう嬉しくって仕方ないんだから」
 気を利かせた母の小夜子が、グラスをもう一つ持って来た。
「それじゃ、一杯だけ」
「どうだ?少しは飲めるようになったか?」
 娘のグラスにビールを注いでやりながら、いかにも陽造は嬉しそうである。
「全然ダメ。だからお付き合いだけネ」
「そうか…でもまぁ、女の子が大酒飲みでも困るからな」
「でしょ?それじゃカンパーイ」
「うむ……」
 少し照れ臭そうにしながら、娘とビールを飲む陽造。幸せな父の姿がそこにあった。
「ただいまー」
「あっ、お姉ちゃんも帰って来たみたい」
「あらっ?涼子、やっぱり来てたんだ」
 姉の京子だ。さすがは姉妹、良く似ている。ただ京子の方が少しきつめの顔立ちで、愛らしい涼子に対して、こちらの方が美人タイプである。
 いずれにしても陽造にとっては、二人とも自慢の娘である事に変わりはない。
「お姉ちゃん、会社慣れた?」
「とんでもない。毎日研修研修で、もうたいへん」
 京子は涼子より二つ歳上で、もうすぐ二十三になる。この春無事に大学を卒業して、某商社に入社したばかりの社会人一年生である。
「そっか。がんばれっ、ファイトだ京子!」
「ありがっとぅ。あんたに負けないように、頑張るわ」
 おどける涼子に、姉も軽く答える。妹に比べてお淑やかな京子にしては、珍しい事だ。
 陽造はそんな光景に眼を細めながら、黙ってビールを飲んでいた。
「母さん、手伝うわ。すぐ着替えて来るから」
 京子は台所の母に声をかけ、
「良かったね、父さん。涼子が帰って来て」
 父にもそう言うと、二階へ上がって行った。
「そうだ。あたしも手伝わなきゃ」
 そう言って涼子も立ち上がろうとすると、
「お前はいいだろう。今夜はお客さんだ」
 陽造が引き止めた。久しぶりの再会である。やはり少しでもそばにいて欲しいらしい。
「お客さんなんてヤダよ。涼子だってこの家の住人なんだから」
「そりゃそうだがな……」
 残念そうな父を尻目に、涼子は台所へ立った。
「あなたはいいのよ、疲れてるんでしょ?久しぶりに帰って来たんだから、ゆっくりしてらっしゃい」
「そうよ。父さんの相手して上げなきゃ。涼子に会えたもんだから、今日はご機嫌よね」
 気遣う母に、普段着に着替えた京子が加わる。
「でも……」
「いいから、いいから。はい、これ持ってって」
 楽しそうに言いながら、母の小夜子が煮物の入った小鉢を二つ差しだした。
 涼子は仕方なく、両手に小鉢を一つずつ持って居間へ戻る。
「どうした涼子」
 口を尖らせながら戻って来た娘に声をかける陽造は、いかにも嬉しそうだ。
「追い出された……」
「そうだろう。だから涼子は、ここに座ってればいいんだ」
「そうね。あたしも、やっぱりお父さんのそばがいいや」
 ニコニコしている父を見て、涼子も肩をすくめながら微笑んだ。そして再び、陽造の隣に座り込む。
 親娘水入らずで談笑しているうちに、やがて食卓の準備も整った。
「やっぱりいいもんだな、一家揃っての食事というのは」
「お正月以来だものねぇ、涼子が帰って来たのは」
 陽造の言葉を受けて、小夜子が答える。
「おっと、忘れるとこだった。始まっちまうぞ」
「なにが?」
 思い出したように、テレビのリモコンに手を伸ばす父に、涼子が不思議そうに聞いた。
「やだ。あんたのドラマじゃない」
「あたしの?そっか、もうやってるんだ」
「呑気ねぇ。自分が出てるドラマ忘れるなんて。しかも主役なのに」
 京子がからかうように言う。
 しかし、涼子は顔を曇らせた。
「興味ないもん、ドラマなんて。ほんとは音楽だけ演ってたいのに……」
 そんな娘を気遣ってか、
「お父さんたらね。若い人のドラマなんて良く分かりもしないくせに、涼子のドラマだからって見てるのよ。先週なんて一回目だったから、落ち着かなくて大変だったわ」
 小夜子が明るく言う。
「俺だって、話の筋ぐらいは分かるぞ」
「そうですか?あなたは、涼子を見てればいいんでしょ」
「面白くないよ、こんなドラマ。ありふれた恋愛物だもん」
 突然、涼子が激しい口調で言った。折坂恭二を思い出していたのだ。更には竜の事も。
「主役のあんたが、そんな事言ってたらしょうがないじゃない」
「だって……」
「そうか、涼子はドラマの仕事、嫌いか。仕方ないな、見たくないんなら消そうか」
 娘の頑なな態度に、陽造が気を遣う。
「えっ?そんな事ないよ。せっかくの主役なんだから、やっぱりお父さんに見て貰いたいもん。でも、なんか恥ずかしいなぁ、家族といっしょに見るのって」
 自分のせいで、気まずげな雰囲気になりそうなのを察したのだろう。涼子は殊更明るく言った。
「で、どうなるのよ?この先、この二人は」
 京子が先走って、話の筋を聞きたがる。
「結局すれ違いながら、一方ではそれぞれ恋人がいながらも、最後は結ばれるんじゃない?まだ最後まで撮ってないから、あたしにも良く分からないけど」
「おいおい。先に筋を言っちゃつまらんじゃないか」
「父さんは、どうせ涼子だけ見てりゃいいんでしょ?」
 京子が母の真似をして言った。
「そんな事ないって言ってるだろう。ちゃんと内容だって分かってるんだ…それにしてもこの男、けしからんな。他に恋人がいながら、涼子にまでちょっかい出すなんて」
「ほーらね」
 やっぱり娘の事しか頭にない父を見て、女三人顔を見合わせて笑う。いずれにしても、家族団らん、楽しげな食事風景ではあった。

「やっぱり落ち着くわね」
 涼子は二階にある自分の部屋へ入ると呟いた。明かりも点けずに窓を開ける。月明かりが射し込み、部屋の様子をぼんやりと浮かび上がらせた。
 デビューが決まり、都心で一人暮らしを始める為に出て行った十六の春。十六年間暮らしたこの部屋は、何もかもあの頃のままだ。
『いつまでも涼子の部屋なんだから、あなたの自由にしていいのよ』
 母はそう言ってくれた。
 取り立ててどうする理由もなく、わざとそのままにしてある。ここへ帰って来ると、幼い頃の楽しく暖かだった生活が思い出されて、いつも心が安らぐのだった。
 母が掃除してくれているらしく、塵一つ落ちていない。
「星がきれい」
 涼子は窓辺に腰掛けると、一人また呟いた。
「涼子はどこ行った?」
 階下では、風呂から上がった陽造が小夜子に訊ねている。
「自分の部屋でしょう。あの子、なんだか悩んでるみたい」
「お前もそう思うか?実は俺も、さっきから気になってたんだ」
「きっと、あなたに聞いて貰いたくて帰って来たのよ。行って上げて下さいな」
「うむ、そうするか」
 涼子はずっとお父さん子だった。楽しかった事はもちろん、辛い事、悲しい事があると、真っ先に父に話したものである。父はいつでも優しく、そして適切なアドバイスをしてくれた。しかし最後は決まって、
『決めるのは涼子だ。これはお前の問題なんだから』
 そう言って無理強いはしない。歌手になると言って、家を出る時もそうだった。
「涼子、入ってもいいかい?」
 ドアの向こうで父の声がする。
「どうぞ」
 涼子は穏やかに告げた。
「どうした?電気も点けないで」
「見て、星がきれいよ」
 その言葉に、陽造が隣へ来て座る。
「子供の頃、良くこうやってお父さんと星見てたよね。星を眺めてると、眼が良くなるんだぞって」
 おかげで涼子は、今でも視力はいい。テレビやステージの強力なライトのせいで、若干落ちたとはいうものの、メガネやコンタクトレンズのお世話になる必要は全くなかった。
「そうだな……ほら、月もきれいだぞ。下を見てごらん。あんなに影がクッキリ出てる」
(月…影…シャドウ・ムーン…………竜)
 父の言葉にも、まるで連想ゲームのように、想いはそこへ巡って行く。涼子はホッと溜息をついた。
「何か悩みがあるんだろ?父さんの見たところ、男の事だと思うが、違うか?」
「お父さん……」
 父の口から男なんて言葉が飛び出して、涼子はちょっとドキッとする。
「お前ももう二十一だ。男と呼べる彼氏がいたって不思議じゃない」
 とは言うものの、心なしか淋しそうではある。
「…………」
 涼子はどう言っていいか分からず、黙ったままだ。
「しかし、相手は噂になっている、折坂恭二とかいう俳優じゃないな。涼子が悩んでるのは、慎崎竜…違うか?」
「お父さん……」
 涼子は再び言って肩をすくめた。
「お父さんには敵わないわ。何でもお見通しなのね」
「当たり前だ。曲がりなりにもお前の父親だぞ。娘の悩みが分からんでどうする」
 もちろん涼子は、竜との今迄のいきさつについても、概ね父に話している。従って陽造も、娘と慎崎竜が現在どういう関係にあるのかも知っていた。
「涼子、まだ慎崎くんを愛してるんだね」
「うん……ずっと親友を演じて来た。でももうダメ。あんな写真撮られてあたし、なぜか必死で竜に弁解してた。でも竜の態度は、どうしても親友なのよ。それであたし、もう親友ゴッコはたくさんだって。今でもやっぱり愛してるって言ったの。それなのにアイツ、もう終わったんだって。それならもう一度最初からやり直そうって言っても、全然受け付けてくれない。それであたし、皮肉言って、もう二度と逢わないって」
「可愛さ余って、憎さ百倍か」
 そこまで黙って聞いていた陽造が、ポツリと言った。
「だって、あたしがこんなに想ってるのに。竜だってまだあたしを……愛してるんだよ」
「一度愛し合った男女が、そう簡単には友達に戻れんだろうな」
「それなのに、なぜ?どうして恋人同士じゃいけないの?なんで親友を演じなきゃいけないのよ」
 涼子はまるでそこに竜がいるみたいに、父に訴えた。
 陽造は穏やかな眼をして、真っ直ぐに娘を見つめている。
「それが慎崎くんの考え方なんだろう。男が一旦決めた事を、簡単には翻せないと思ってるのかも知れない」
「お父さんも、やっぱり竜が正しいと思うんだ?」
「正しいとか間違ってるとか、そんなふうに言える事じゃない。ただ、それが彼の考え方なら、それはそれで無理に変えるのは難しい」
「なら、このまま親友ゴッコを続けろって言うの?それが嫌なら完全に別れちゃえとでも」
「出来るかい?」
「出来ないから悩んでるんじゃない」
 涼子は今にも泣き出しそうである。
「涼子は、自分がなんで怒ったのか分かってるのかな?どうして二度と逢わないなんて、心にもない事を言っちゃったんだろう?」
「それは……あたしがこんなに竜を想ってるのに、彼の事ばかり考えて生きてるのに、全然分かってくれないから。こんなに苦しいんなら、逢わない方がマシと思って」
「そうだ。それで今、余計苦しんでる」
 陽造が娘の頬をそっと撫でる。
 その優しさに、
『お父さんが、どうすればいいか教えてくれる』
 と涼子は思った。じっと見つめ返しながら、
(あたし、どうすればいいの……)
 心の中で訴える。
「慎崎くんに謝りなさい。そして、今迄通り付き合えばいい」
「友達のままで?」
「そう。無理強いしたって彼の心は動かせない。お前の心は、慎崎くんを想う気持ちは純粋だよ、涼子。だからつい、ヤケを起こしたくもなる。だけど、見返りを求めちゃいけない」
 陽造はそこで一旦言葉を切った。そして、
(分かるかい)
 と言うように深く頷くと、再び話し始める。
「慎崎くんにして上げられる事を、誠意を持ってして上げればいいんだ。でもそれは、言いなりになるって事じゃない。いいはいい、悪いは悪いと、けじめをつけた上でだよ。彼は分別のある男のようだから、涼子に無理を言って困らせるような事はないだろうが」
「どうして分かるの?会った事もなくて。テレビで見ただけでしょ」
「分かるさ、眼を見れば。それからお前の話とね。第一、涼子がこんなに真剣に愛している男が、つまらん人間のわけがない」
「親のひいき眼」
 涼子が照れ臭そうに笑う。
「そんな事あるもんか。父さんは娘を信じてるんだ。それに、誰が見たって、涼子は素敵な女性だ。だから慎崎くんが、お前が想ってるような立派な男ならば、いつかはきっと分かってくれる。彼だって涼子を必要としているんだから。それまで真摯に思い続けなさい。彼だけをしっかり見つめていなさい。出来るかな?後は、涼子次第だ」
 そう、このまま想いを断ち切るか、それとも一途に思い続けるか。後は涼子自身が決める事である。
(竜を忘れるなんて出来ない……)
 いつ報われるのか分からないまま愛し続けるのは辛い。でも、このまま逢えずに別れてしまうのはもっと辛かった。
(純粋に思い続ける?……そうよ、あたしが唯ちゃんに言った事と同じじゃない)
 涼子は決心したように顔を上げた。
「分かったわ。あたし竜に謝る。そしてお父さんの言う通り、純粋に愛してみる」
「頑張りなさい。父さんはどこにいたって涼子の幸せを願ってる。辛くなったら、いつでも帰ってくればいい」
「ありがとう…お父さんだいすきッ!」
 涼子は思わず父の胸に飛び込んだ。
「父さんもだ」
 言いながら優しく頭を撫でてくれる。幼い頃の涼子は、父にそうして貰うのがとても嬉しかった。
 そして陽造にしてみれば、涼子はいつまで経っても小さな子供のままなのだ。
「疲れてるんだろう。お風呂で暖まって、早くおやすみ」
「うん……あたし、負けないよ…お父さんが見ててくれるから」
 やっと本来の明るさを取り戻した涼子は、元気に部屋を出て行った。
(いずれ連れて来るんだろうな、慎崎竜を……)
 父親の宿命とは言え、その時の事を考えるとやっぱり淋しい。
 陽造は溜息とともに窓を閉めると、静かに娘の部屋を後にした。

  ―つづく―


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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 9 [連載小説 3]

 深夜十二時過ぎ。竜は三日ぶりに自宅マンションへ帰って来た。
 徹夜続きでやっと全てのレコーディング作業も終わり、ホッとしたら疲れがドッと出た感じである。半睡状態で運転して来た。それでも無事、地下駐車場にランドクルーザーを滑り込ませる。
「おや?あのパジェロ……」
 一瞬ヘッドライトに浮かび上がった、見覚えのある車を見て呟いた。
 竜が降りると、来客用スペースに停まっているその車からも誰か降りて来る。
「涼子……」
 暗くて良く見えないが、もちろんそれが誰だかすぐに分かった。
「お帰りなさい……レコーディング、終わった?」
 涼子が遠慮がちに近づいて来る。
「徹夜続きでやっとね」
「お疲れさま」
「涼子」
 すぐ眼の前までやって来ると、竜は確認するように再び呟いた。
「竜……ごめんなさい。自分勝手だった、あたし。許して」
 涼子が眼を伏せる。
「あやまる事はないさ。涼子は何も悪くない」
「怒ってるでしょ?」
「いや。怒るとしたら、自分にだよ」
「また友達になってくれる?」
「俺はずっとそう思ってる」
「良かった……」
 涼子はそこで初めて、安心したように微笑んだ。
 つられて竜も笑顔を見せる。
「それとね……やっぱり竜のギター、使わせて貰っていい?」
「もちろんさ。あれは涼子の為に弾いたんだから」
「勝手ばかり言ってゴメンね。どうしてもそれが言いたくて来たの」
 涼子は真っ直ぐに竜を見つめた。暫しの沈黙の後、
「それじゃ、おやすみなさい」
 穏やかにそう言って、自分の車へ戻って行く。
「涼子ッ、待ってくれ」
 ドアを開けた瞬間、竜が叫んだ。小走りに駆け寄って来る。
「どうしたの?」
「その…帰らないで…今夜はそばにいてくれないか。涼子のいなかったこの一ヶ月、さすがに応えたよ。俺にはお前が必要だ、そばにいて欲しいんだ。ただ…そのまだ俺は…」
「いいよ。いっしょにいてあげる」
 言い淀む言葉を、涼子は優しく遮った。純粋に竜だけを見つめていようと決めたのだ。その先の言葉は、今はもう必要ない。
「ありがとう、涼子」
「いいのよ。さぁ、行きましょ」
 二人は、肩を並べてエレベーターホールへ向かった。傍目には理想的なカップルに見える。
 そんなもどかしげなご主人達を、二台の4WDが静かに見送っていた。

「竜、お腹すいてない?何か作って上げようか」
 落ち窪んだ眼で、大儀そうにソファに身を沈めている竜を、涼子が気遣う。ミルクティの缶に直接口をつけながら、こちらはまだ立ったままだ。
「いや…第一、例によって何もありゃしないさ。それより、こっち来て座れよ」
「うん……でも、ちゃんと食べなきゃダメよ。身体、参っちゃうから」
「大丈夫。一応、食うもんは食ってるから」
「ならいいけど……」
 そう言いながら向かいに腰を下ろしたが、やはり心配は納まらない。
 レコーディング中の竜は、いつもストイックなほどに集中してしまう。完璧を求めて苦悩するその顔を見るにつけ、涼子の胸は締め付けられるように痛むのだ。
「涼子だって疲れてるんだろ?悪かったな、無理言っちまって」
「あたしは大丈夫。レコーディングも終わったし、今はそんなに忙しくないから」
「そうか…すまん」
(らしくないよ、竜)
 心の中でそう呟きながら、
「ずっとスタジオに詰めてたんでしょ?」
 努めて明るく語りかける。
「まぁな。唯のレコーディングもあったし…」
「竜はいつもそう。全然休みも取らずに?」
「いや。二日、三日かな?山へ行って来た。どうにも煮詰まっちまってな」
「山へ?一人で?」
「そう。気分転換に、キャンプして来た」
「もしかして、唯ちゃんもいっしょだったりして……」
 涼子はさり気ないふうを装って聞いてみた。唯の名前が出るとやっぱり気になるらしい。
「バァカ。キャンブったって、至れり尽くせりのキャンプ場へ行ったわけじゃないぜ。ほんとに何もない山の中へ入って、川べりにテント張って寝泊まりするだけだ。そんなとこへ、誰が好き好んでついて来るもんか」
「でもあのコ、竜に相当お熱みたいだったじゃない?」
「そうか?でも、デビューを控えてそれどころじゃねぇだろ。第一、俺は興味ない。一人になりたくて山へ行くんだし」
「そうよね」
 涼子はそれ以上突っ込まない事にした。どうやら竜は、本当に唯に興味がないようだ。幾分ホッとしながら、話の矛先を変える。
「でも、食事はどうしてたの?」
「当然コンビニもないからな。自分で適当に作ってた」
「へぇー、竜が自炊するなんて、信じられない!」
「他にどうしようもねぇだろ。こう見えても、やるときゃやるんだぜ、俺だって。まぁ、大したもんは出来ねぇけど」
「でもやっぱりいいよね、そういう方が。あたしだって、キャンプ場なんかよりそういう方が好きだもん」
 もちろん、本気でそう思っている。そんな涼子に、竜は思わず苦笑した。
「そうだったな。なんせ涼子は、根っからの野生児だったんだ」
「そうよ。それで林道走って。もう最高じゃない。一人で行くなんて狡いよ」
「分かった、分かった。それじゃ、今度はいっしょに行こう」
「ホント?やったぁ。で、いつ行くの?」
 そう言えば、キャンプなんて中学生の時以来である。それも竜といっしょだなんて、考えただけでワクワクする。
「そうだな。夏になって…休みがいっしょの時かな。なかなか難しいか」
「ゼッタイ取るもん休み、無理にでも。だから約束だよ」
「あぁ、約束だ」
「わぁーい、キャンプだキャンプ。楽しみだなぁ」
 子供のように無邪気に喜ぶ涼子を見て、竜も疲れが和らぐ気がした。
「そう言えば涼子、折坂さんとはどうなってんだ?うまく行ってるのか?」
 だいぶ気分もほぐれて、なんとなく気になっていた事を、思い切って聞いてみる。
「行ってるわけないじゃない」
 途端に涼子の表情が曇った。
「あの後、ヤケになって何回か食事に行ったけど、ゼンゼン楽しくないの」
「どうして?」
「だって趣味は合わないし…車だってサ。最初は真っ赤なBMWで、次がポルシェ。それからベンツでしょ、居心地悪くて。ランクルの方がゼンゼンいいよ。とにかく、竜とは正反対のタイプ」
「そうか。ダメか」
 竜もさり気なく言いながら、内心はやっぱりホッとしているようだ。
「だからハッキリと言うつもり、もう会わないって」
「そうだな。好きになれないんなら、その方がいい。気を持たせちゃ相手にも悪いしな」
「うん…でもね、ドラマの撮影まだ残ってるでしょ。それが原因で気まずくなっても困るし。だから、打ち上げたら話そうと思ってるの」
「だけど。それまで、あんまり深入りしない方がいいぞ」
「分かってる。だから誘われても、何かと理由つけて断ってるんだ」
 涼子は悪戯っぽく微笑んで見せた。
(やっぱり、こいつの笑顔は最高だよ)
 竜の頭に、ふとそんな思いがよぎる。
『天使の微笑み』
 正しくそう呼ぶに相応しい笑顔を、本当は誰にも渡したくなかった。
 彼がそんな事を考えているとは知る由もない涼子が、
「どうしたの?ボンヤリして。疲れてるんでしょ?早く休んだ方がいいわ」
 いたわりの言葉をかける。
「そうするか」
「あッ。でもその前にお風呂入った方がいいよ、疲れ取れるから」
「あぁ」
「待ってて。あたしが用意して来て上げる」
「悪いな」
「竜ったら、さっきからそればっか。ほんとに気にしないで。あたしは好きでそうしたいだけなんだから」
 涼子は笑いながらヒョイと立ち上がると、軽い足取りでバスルームへ向った。
 その姿を眼で追いながら、竜はソファにゴロッと横になる。やっぱり疲れているのだろう。たちまち深い眠りに落ちて行った。
「竜、用意出来たよ」
 十五分ほどして涼子が戻って来ると、竜は既に熟睡している。
「フフ、よっぽど疲れてるのね……しょうがないなぁ。竜、こんなとこで寝たら風邪引くよ。ちゃんとベッドで寝なきゃダメじゃない」
 まるで母親のように言いながら、肩を軽く揺すってみる。
 しかし、起きる気配は更々ない。
「もう、竜ってば。ちゃんとベッドで寝なさい!」
 尚も何度か身体を揺すると、竜が寝ぼけながら眩しそうに眼を開けた。
「んん?涼子か……おはよう。なんか、さっき寝たばかりのような気がするけど……」
「なに寝ぼけてんのよ。ソファで眠っちゃったんじゃない。お風呂用意出来たよ、入らないの?」
「涼子もいっしょに入るか?」
「バカ言ってないで、ほら起きて。入らないんなら、ベッドへ行って寝るの」
 トロンとした眼でふざけている竜に呆れながらも、涼子はその腕を引っ張って無理矢理立たせた。そして、まるで酔っぱらいを介抱するように支えながら、やっとの思いで寝室まで連れて行く。
「世話が焼けるんだから、まったく」
 涼子がブツブツ文句を言いながらも上着を脱がせてやると、竜はそのままベッドの上にドタッと大の字になってしまった。と思う間もなく、微かな寝息を立て始める。
「もう竜ったら、困ったもんだわ。まるで子供みたい……」
 そうは言ったものの、その安心し切ったような寝顔を見ているうちに、ジワジワと切なさが込み上げて来た。愛する男の頬に手を伸ばしかけて、途中で諦める。
「あなたはこんなに近くにいるのに…あたしには、手を触れる事さえ出来ないのね……」
 涼子は呟くように言うと、そっと溜息をついた。竜に優しく毛布を掛けてやり、自分もクローゼットから毛布を一枚取り出すと、静かに寝室を後にする。それから再びリビングに戻り、ソファに横になった。
 本当のところ、身体はだいぶ疲れている。しかし心は一応、満ち足りていた。
『純粋に想う事』
 それが幸せなのだと感じながら、涼子もまた、深い眠りの中へ落ちて行った。

  ―つづく―


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シング・アット・ザ・ムーン2~天使のねがい~ 10 [連載小説 3]

 翌朝。と言っても、既にお昼近くになってから竜は眼を覚ました。
「ん?もうこんな時間か……」
 枕元の時計を眩しそうに見やりながら、ボソリと呟く。
(そう言やぁ、涼子はどうしたかな?夕べ、勝手にさっさと寝ちまったからな)
 涼子がベッドまで連れて来てくれたのを微かに思い出しながら、ノソノソとベッドから這いだした。久しぶりにグッスリと眠ったので、身体の方は随分軽くなっている。軽く伸びをしながら、人の気配が全くないのにちょっと不安になり、竜は寝室を出た。
「涼子、いないのか?」
 呼びかけながらリビングのドアを開けたが、誰もいない。もちろん、キッチンにも。
「こんな時間までいるわけねぇよな」
 分かり切った事とは言え、ちょっぴり残念そうに呟きながら巡らせた視線は、ふとダイニングテーブルの上で止まった。
 そこには朝食の支度がしてあり、走り書きのメモが添えてある。
 竜が手に取って見ると、もちろんそれは涼子のメッセージだ。意外なほどしっかりした文字でこう書いてある。

 寝ぼすけな竜へ 
  ドラマのロケがあるので帰ります
  竜はグッスリ寝てるのでおこさないよ
  食事の用意しておいたから
  ゆっくり休んで ちゃんと食べなきゃダメだぞ
  それじゃ また電話します
                                涼子ママより

「涼子のヤツ……」
 首をすくめて微かに笑いながらも、本当は涼子の心遣いが嬉しかった。
「そうだよな。俺はオフでも、涼子には当然仕事が入ってるわけだ」
 それなのに嫌な顔一つせず、ワガママに付き合ってくれたのだ。しかも時間のない朝、食事の用意までして。食材だってわざわざ買いに行ったのだろう。昨晩も見ての通り、冷蔵庫には何もなかったはずだから。
「涼子……(お前以上の女、世界中どこ捜したっていないよな。だけど俺は)」
 竜自身、心の中に抱えた矛盾は、いやが上にも増すばかりである。
 ルルルルル…………。
 そんな心の葛藤を破るように電話が鳴った。
「もしもし?」
「もしもし…あっ、竜さん?あたし、唯です。良かった、いてくれて」
「おう唯か、どうした?」
「今日『トライ・アゲイン』の発売日でしょ?嬉しくって、でもちょっぴり不安で、落ち着かなくて。それで竜さんの声が聞きたくなっちゃって」
『トライ・アゲイン』
 そう。藍原唯のデビューシングルである。当人の心配をよそに、発売前からかなり話題を呼んでいた。もちろん、慎崎竜初の作詞、作曲、プロデュースによるものだからである。
「心配するな。間違いなく売れるよ」
「そうですよね。なんたって、竜さんの曲だもん」
「まぁな。だけど、発売されてからは唄ってる本人の力だぞ。その点、唯なら大丈夫だ。自分の唄に、もっと自信を持っていい。がんばれよ」
「はい、ありがとうございます!なんか、気分がすっきりしちゃった。やっぱり電話して良かった。それじゃ、これからキャンペーンなんです。失礼します」
 元気な言葉を残して、電話は切れた。
「がんばれよ、新人さん」
 竜はもう一度呟くように言って、受話器を置く。
 そのころ涼子は、ドラマのロケ地である、東京近郊の河川敷に来ていた。
 休憩の為に設けられたサイトで出番待ちをしながら、台本に眼を通している。その後ろでは、ヘアメイク担当の女性が、髪型を整えるのに余念がなかった。五月の爽やかな風が頬に心地良い。その涼風に誘われるように、涼子はふと顔を上げた。その眼に、折坂恭二の姿が映る。
「やぁ涼子。調子はどうかな?」
 ワンシーン撮り終えると、早速涼子のご機嫌伺いに来たと言う訳だ。
「あんまり。夕べ遅かったから、ちょっと寝不足なの」
 もちろん不機嫌の原因が、竜と過ごしての寝不足であるはずはない。理由は他ならぬ折坂にあるのだが、しかし当の本人は全く気付いていないようだ。いたって軽い口調で話を続ける。
「寝不足?いかんなぁ。まさか男といっしょだったわけじゃ…ないだろうね」
「まさか」
「だよな。涼子にはこの俺がいるもんな」
「…………」
 自信満々の折坂の言葉に、涼子は無言で微かに微笑んだ。
「ところで涼子。今夜どうだい?久しぶりに食事でも」
「ごめんなさい。今夜はダメなの」
「どうして?ここんとこ、ずっとだぜ」
「レコーディングとかで忙しかったから」
「それにしてもなぁ……じゃあ、明日はどうかな?」
 自分が女の子に避けられるなんて、折坂は夢にも思わない。尚も食い下がる。
「初めてプロデュースもしたでしょ、疲れちゃって。だからしばらく、夜は家でのんびりしたいのよ」
「冷たいぜ、涼子。俺といた方が、疲れも取れると思うけど……」
 やんわりと断る涼子に、折坂も余り無理強いは出来ない。何しろ、本気で惚れているという弱みがあるのだ。その時、
「涼子ちゃーん。スタンバイお願いしまーす」
 スタッフから出番の声がかかり、涼子はホッとしたように椅子から立ち上がった。
「とにかく、落ち着いたら電話するから。ほんとにごめんなさいね」
 ヘアメイク係に尚も前髪を直されながら歩いて行く涼子を、折坂はなんとも情けない顔で見送っている。
 そして、振り返りもせずに真っ直ぐに見つめた涼子の眼には、竜の姿だけが映っていた。

 過日発売された、藍原唯のデビューシングル『トライ・アゲイン』は、前評判通りのヒットとなった。
 慎崎竜の曲と言う事で発売直後からチャートインし、その後は二週目で三位、三週目には順調にナンバーワンにまで上り詰めた。それは竜も言ったように、唯自身の歌唱力が認められた結果だとも言える。
 そして唯は今夜、初めてのミュージック・ファクトリーのステージを、緊張しながらも無事終える事が出来た。涼子がいっしょに出演していた事と、竜が応援に来てくれた事が、だいぶ気持ちを楽にしてくれたようである。
「唯ちゃん、良かったわよ」
 スタジオを出たところで、涼子が声をかけた。
「そうですかぁ?もうドッキドキで、心臓飛び出すかと思っちゃった。でも、竜さんも来てくれたし、涼子さんも色々話しかけてくれたから、すごく助かりました。ありがとうございました」
 唯がピョコンと頭を下げる。
「まぁ、まずまずの出来だったな」
 竜も笑顔である。
「ホント?でも、みんな竜さんのおかげです。お礼に、今夜はあたしが食事ごちそうしちゃう」
「おっ、大きく出たな。いいのかな、そんな事言って」
「あっ、でもあんまり高いものはダメですよ。まだ安月給だから」
 唯がおどけて笑うと、竜と涼子もつられて笑った。
「涼子さんもいっしょにどうです?」
「えっ?あたし?あたしは遠慮しとくわ。この後、夏のコンサートについてのミーティングもあるし…せっかくだから、竜と二人で行ってらっしゃい」
 涼子は気を利かせたつもりか、それとも竜に接する唯の態度を見たくなかったのか、誘いを断った。
「そうですかぁ、残念ですね」
 唯は本当に残念そうである。
「しょうがない。涼子とはまた今度にして、今日のところは俺だけで我慢しろ」
「分かりました。でも涼子さん、今度ぜひ一度、いっしょに食事しましょうね」
「楽しみにしてるわ……竜、大事なお嬢さん、しっかりエスコートしてネ」
「おう、まかしとけ。それじゃ、帰ったら電話するから」
「うん……」
 竜と唯の背中を複雑な心境で見送った後、涼子はその思いを振り切るようにきびすを返した。
「シャドウ・ムーンのアルバム、もう発売になったんでしょ?」
 満ち足りた表情で唯が言った。
 TVFテレビのそばにある、こじんまりとしたカフェレストランで夕食を食べ終えての会話である。
「そう言えば、発売されたと思うが……」
「頼りない返事。まるで他人事みたいに」
「そうか?正式な発売日まで、いちいち覚えちゃいられない」
 実際竜にしてみれば、シングルにしろアルバムにしろ、作り上げて行く過程が全てであった。一旦世に出てしまえば、それがどう評価されようと、大して興味がないのだ。それは作品に対する、絶対的な自信の現れとも言える。もちろん、出すからにはヒットするに越した事はない訳だが。
「あたし早く聴きたくてウズウズしてるんですけど、なかなか買いに行く暇がなくって」
「なんだ。それなら早く言えばいいんだ。CDの一枚や二枚、すぐにでもあげたのに」
「ホントですか?やったぁ、ラッキー」
 ちゃっかりしたものだ。それでも唯は、心底嬉しそうではある。
「そう言えば、涼子さんのアルバムも発売されたんですよね」
「あぁ。確か、俺達のより二、三日早かったと思うけど……」
「そっちの方が楽しみだなぁ」
「なんで?」
「だって、竜さんがギター弾いてるんでしょ?竜さんのギターをバックに涼子さんが唄ってるなんて、もう最高じゃないですか!」
「おだてたって、涼子のは俺からはやれねぇぞ」
「まさか。そんなつもりで言ったんじゃないもん。自分でちゃんと買いますぅ。涼子さんのボーカル、すっごく勉強になるし」
 ちょっとムキになる唯を見て、竜はなんとなくおかしくなった。笑いをごまかすように、すっかり温くなったコーヒーを口に運ぶ。
 そんな竜を上眼遣いにチラチラと見やりながら、
「ねぇ竜さん…やっぱりあたし、ゴンちゃんに乗りたいなぁ」
 唯は突然話題を変えるように、それでもややためらいがちに言った。
「ゴンちゃん?」
 いきなり訳の分からない事を言われて、思わず素っ頓狂な声を上げる竜。
「あっ、竜さんの車、ランドクルーザーのことですよ」
「なんであれがゴンちゃんになるんだ」
「涼子さんが言ったんです。鬼瓦権造って感じの顔をしてるって。それでゴンちゃん」
「そりゃまぁ、ごっつい面構えだけど…それにしても涼子のヤツ」
 涼子のユニークな感性に感心しながらも、やっぱりいささか納得しかねるところがある。
 竜のそんな様子に慌てたのか、
「あっ。でも、涼子さんはあの顔がいいんだって言ってましたよ」
 唯は急いで付け加えた。
「アイツらしいよ」
「それでそのォ…一度でいいからゴンちゃんに……」
「ダメだ」
 唯の言葉も終わらないうちに、竜は即座に否定する。
「お願い、どうしても乗りたいの」
「ダメだ。前にも言ったろ」
「文句なんて言いませんよ。もし言ったら、その場で降ろしてくれてもいい」
「しょうがねぇな。だいたい、あんな車の横に乗ったって、どって事ねぇだろ」
「いいんです。竜さんの隣に座りたいんだから。『トライ・アゲイン』が一位になったお祝いに、一度だけ。ねっ、お願い」
「分かったよ。それじゃ今夜、送ってくだけだぞ」
 竜はとうとう折れた。まぁ、それほど頑なに拒否するような事でもない。
「やったぁ。そうと決まれば、早速行きましょうよ。気が変わらないうちに」
 言うが早いか、唯はそそくさと立ち上がった。さっさと支払いを済ませて、ウキウキと店を出て行く。
 竜は呆気に取られながら、ただついて行くだけである。
「わぁ、たかーい。パジェロも良かったけど、やっぱり涼子さんの言うように、ランクルさいこーッ!」
 唯はナビシートに納まるなりはしゃいでいる。
「分かってんのか、ほんとに」
 竜はボヤキながらエンジンをスタートさせた。
「ねぇ。これから竜さんの部屋へ行ってもいいなぁ、あたし」
「調子に乗るな」
「エヘッ」
 窘められて、唯は舌を出しながら首をすくめてみせる。
 大胆な、それでいてどこか憎めないこの少女が、竜はなんとなく可愛く思えた。しかし、この後真っ直ぐに送って行ったのは、もちろん言うまでもない。

  ―つづく―

 

 今回で、全体の約半分を掲載しました。
 次回から、いよいよ後半に入ります。
 是非とも最後まで、よろしくお願いします。


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