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彩香~月に降る雨 の連載を終えて [連載小説]

「彩香~月に降る雨」 
 全てのストーリーを、無事公開する事が出来ました。

 そこで、今後読んで下さる方も含めまして、読み易いように保存の日付を変更致しました。
 カテゴリーの連載小説をクリックして頂ければ、1から順番に表示されます。
 更には「続きを読む」も廃し、全文表示としました。

 これで各々のペースに従って、読みたいところまで読むという事がし易くなったと思います。
 通読のほど、是非ともよろしくお願い致します。


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連載小説 彩香~月に降る雨 1 [連載小説]

小説連載開始。この場が初公開です。興味を持たれましたら、カテゴリーの著書をクリックしてみて下さい。現在販売されている、私の小説を紹介しています。

 

「返してよぉ、あたしのランドセル。あーん、返してったらぁ」
 彩子は必死になって訴えた。既に半ベソである。
 しかし、悪ガキ三人組は全く意に介さない。
「ヘンッだ。返して欲しけりゃ、自分で取ってみろ」
「泣いたら返してやるよ、泣き虫」
「そうだ、そうだ」
 口々にはやし立てながら、彩子のピカピカの赤いランドセルを弄んでいた。わざと渡す振りをして、取り返される寸前に別の仲間に放り投げる。それを繰り返しながら、気がつけばいつもの小さな公園まで来ていた。彩子が必死になればなるほど、三人は余計に面白がるのだ。
「返して……」
 彩子はもうヘトヘトだった。自分が泣き出すまでは絶対に返してくれない。いつもそうなのだ。早く泣いてしまいたいのに、今日はなかなか涙が出て来てくれない。
(早くお家へ帰りたい……)
 でも、ランドセルなしで帰るわけにはいかないと、子供心に思っていた。
 彩子がいつまでも泣き出さないので、そのうちに三人組も飽きて来たのだろう。一人が投げた瞬間、何かの拍子で彼女の手が引っかかった。ランドセルが、中途半端に宙を舞う。
「あっ!」
 彩子が一瞬息を呑んでから、それを受け取ろうとした。その刹那……。疲れ切って棒のようになっていた足がもつれ、前のめりになる。
「キャッ!」
 両腕を前に掲げた格好でいた彩子。そのまま自分も宙を泳ぎ、身体をしたたか地面に打ちつけてしまった。幼い彼女にとって、全身がバラバラになりそうなほどの衝撃が走る。
 更には、受け止めてくれるはずの主を失ったランドセルも、当然落下した。落ちた弾みで蓋が開く。中に入っていた真新しい教科書やノート、筆箱などが飛び出し、辺り一面に散乱した。
「あたしのランドセル……」
 その光景を目の当たりにして、彩子は弱々しく呟いた。身体中痛いし、胸が圧迫されて息苦しい。しかし、目の前にぶちまけられている大切なランドセルや学用品。そっちの方がもっとショックだった。
「あたしの……」
 再び呟くと同時に、目に映る惨状がどんどん霞んで行く。やがて大粒の涙が溢れ出し、
「ワーッ!」
 彩子は、遂に声を上げて泣き出してしまった。
 今までにはなかった思いがけない展開に、さすがの悪ガキトリオも戸惑いを隠せない。
「とうとう泣き出したぜ、この弱虫」
 一人が言いはしたが、バツが悪そうに遠慮がちである。
「お前が悪いんだぞ。いつまでも泣かないから」
 別の一人はあくまでも虚勢を張って、この状況を彩子のせいにしている。
「そうだ、そうだ」
 もう一人は、いつもただ同調しているだけだ。三人いれば、一人こういう手合がいたりする。
 彩子は何と言われても答えなかった。相変わらず声を上げ、激しく泣きじゃくっている。
 いじめた側にすれば、こういう態度が一番困るのだ。正面切って非難でもされれば、それをきっかけに言い返す事も出来る。元々罪の意識はあるから、理屈なんてどうでもいいのだ。何とでもこじつけて、相手を言い負かしてしまえばいい。しかし、ただ泣いてだけいられては、どうする事も出来ない。立ち去るわけにもいかず、何となく所在なげにしていると、
「コラーッ!お前達、またアヤをいじめやがって」
 背後で勇ましい声がした。
「チェッ、冬馬か」
 三人組の一人が、振り返りながら舌打ちする。しかし言葉とは裏腹に、その表情にはどことなくホッとしたような、安堵の色が見受けられた。
「お前、女の味方ばかりしてると、そのうち仲間外れになるぞ」
「フン。お前らの仲間になんか、なりたくないよ」
 明らかに上級生とおぼしき悪ガキ達に、冬馬は臆する事もなく堂々と言い放った。
「勝手にすればいいさ。おいみんな、行こうぜ」
 助っ人が現れたのをこれ幸いにと、悪ガキ達は帰って行った。
 それにしてもこの三人組。年下の冬馬に対して、一目置いている。三人掛かりで喧嘩しても、到底敵わないのだ。せいぜい女の子をいじめるといったところが、関の山か。
「アヤ、だいじょぶか?」
 冬馬に優しく声をかけられ、彩子の泣き声も大分納まって来た。それでも激しくしゃくり上げながら、
「あたしの…ラン…ドセル……」
 やっとの思いで訴える。
「またランドセル取られたのか。こりゃヒドイや」
 周囲を見渡し、呆れたように言いながら、冬馬は教科書やノート類を拾い集め、ランドセルに収めた。
「ほら、ランドセル」
 しかし彩子は返事をしない。地べたにペタンと座り込んだまま、まだ時折微かにしゃくり上げている。
「どうした。立てないのか?」
 更にそう言われ、彩子は上目遣いに冬馬を見た。いつものように優しい目をしている。それでやっと安心したように、
「立てるよ」
 小さな声で言って、立ち上がった。
 その服やスカートの汚れを払ってやりながら、
「だから、ちゃんと待ってろって言ったろ」
 冬馬の言葉は、ちょっと非難するような調子である。
「だって、トーマなかなか来ないし…そしたらアイツらが来て、ランドセル持ってっちゃったんだもん……あやこが悪いの?」
「そうじゃないけど……」
 冬馬にはどう説明していいか分からない。あれこれ考えながら言い淀んでいると、
「あやこ、もう学校なんて行きたくないっ!」
 彩子は拗ねたように言って、プイッと横を向いてしまった。
「アヤ、何言ってんだよ」
「だってアイツら、あやこの事いじめてばっかいるんだよ。学校行かなきゃ、いじめらんないもん」
「だから。俺が守ってやるって、いってるだろ」
「いつまでも?ずっとだよ」
「あぁ、ずぅーっとだ」
 そう言い切る冬馬が、幼いながらも彩子には、この上なく頼もしく見える。
「よかった……そしたらねぇ。大きくなったらあやこ、トーマのお嫁さんになったげる」
 得意げに宣言した後、弾むような足取りで、お気に入りのブランコまで駆けて行った。
 冬馬もそれについて行くと、いつものように背中を押してやる。
 彩子は待っていたように、自分でも勢い良くブランコをこぎ出した。身体が逆さまになるほど揺らすと、雲一つない青空に吸い込まれそうになる。その感覚が大好きだった。いじめられた悔しさなど、いっぺんに吹き飛んでしまう。
 そんな様子を見ながら、冬馬は思わず苦笑した。
「今までメソメソ泣いてたくせに、もう笑ってやがる」
「だぁって……」
「アヤが俺のお嫁さんかぁ。その泣き虫が直ったら、してやってもいいな」
「ホント?じゃあ、もう絶対泣かない」
 彩子は満面の笑みを浮かべている。
『お嫁さんになってあげる』
 なんて言ったくせに、本当は自分自身が冬馬のお嫁さんになりたいらしい。
「約束できるか?」
「ウン、約束する。だから、いつまでもずぅーっといっしょにいてね」
「分かったよ。分かったからさ、そのトーマって呼ぶのやめろよ」
「どうして?」
 彩子が息を弾ませながら振り返った。こぐのをやめ、不思議そうに冬馬の顔を目で追っている。
「どうしてって。俺は二年だぞ、一年坊主に呼び捨てにされたくない」
 冬馬はここのところ、ずっとそれが気に入らなかった。幼稚園の頃ならまだしも、小学生ともなれば、それなりに年上のプライドも芽生えて来る。
 しかし、彩子にはそんな事、到底理解出来なかった。
「だって、トーマはトーマだもん。別にいいじゃない」
 こればかりは頑として譲らない。
「しょうがないなぁ」
 少々、いや、大いに不満ながらも、それに関しては冬馬も諦めざるを得なかった。

  ― つづく ―



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連載小説 彩香~月に降る雨 2 [連載小説]

小説連載中。この場が初公開です。興味を持たれましたら、カテゴリーの著書をクリックしてみて下さい。現在販売されている、私の小説を紹介しています。 

 

「アヤ、何ボーッとしてんだ?」
 突然後ろから声をかけられ、山元彩子はハッと我に返った。
「トーマ!あぁ、ビックリした」
「なんだ。そんな驚く事ないだろ」
 砦門冬馬はトランクス一枚の姿で、濡れた頭をバスタオルで無造作に掻き回している。
 彩子のアパート。日曜日の夜、冬馬は大抵ここへ泊まっていくのだ。
「小学生の時に二人で撮った写真見てたら、その頃の事思い出しちゃって」
 彩子はちょっとはにかみながらそう言うと、膝の上に広げていたアルバムを差し出した。
「ガキの頃の写真か。しかし良く持ってたな、そんな昔の写真」
 冬馬は大して興味なさそうである。チラッと見やっただけで、勝手に冷蔵庫から持ち出して来た缶ビールを開け、グーッと一気に飲み干した。
「いやぁ、ウマイッ!やっぱフロ上がりのビールは格別だな」
「この前家に帰った時、しまってあったのを見つけたのよ」
「何を?」
「何をって…このアルバムよ」
 ひとの話をまるで聞いていない冬馬に対して、彩子は決して腹を立てたりしない。大真面目な顔で、あくまでも穏やかに話すのだ。
「ああ、ガキの頃の写真ね」
「そう。ねぇ、覚えてる?あたしいつもいじめられて、その度にトーマに助けて貰ってた。トーマ約束してくれたよね、いつまでもいっしょにいてくれるって。そして今、その約束通り」
 彩子は今だにトーマと呼ぶ。勿論冬馬だって、アヤと呼んでいるわけだが。
「そんな約束したか?」
「したわよ。トーマ、忘れちゃったの?」
「昔の話だからな。だけど考えてみれば、俺達随分と長い付き合いだよな」
「そうね……」
 彩子の表情が心なしか翳った。しかし、すぐに気を取り直して続ける。
「ねぇ、トーマはどうしたの?いっしょに撮ったおんなじ写真、確かトーマだって全部持ってたはずだけど」
「さぁね、どうしたかな。家に行きゃ、あるかもしれないけど。いずれにしてもそんな昔の写真、どこへしまったか忘れちまったよ」
 昔、昔と連発しているが、冬馬は二十二歳になったばかり。都内にある大学の、経済学部経営学科に通う四年生である。一流とはいかないが、まぁそこそこの大学ではある。
 今のご時世、四年生の九月になっても就職活動で採用内定すら決まらず、焦っている学生も結構いる。しかし、冬馬は気楽なものだった。
 父親が、パーツからパソコンを組み上げて、自社ブランドで販売するという会社を経営している。社名は、サイモン・コンピューティング・システムズ。いわゆる通信販売の形態をとり、時代の潮流に乗って急成長を遂げていた。現在は、アメリカの通販大手の参入もあって競争も激しい。それでも、顧客のニーズにきめ細かく対応する戦略で、安定的にシェアを確保している。
 彼は、そこへ就職する事が既に決まっていた。というよりも、その為に、
『大学くらいは出ておけ』
 という、父親の言葉に従ったのだ。
 本当は大学なんて行きたくなかったし、父親に反発する気持ちもあった。しかし、高校を出たところで、これといってやりたい事もない。渋々といった感じで進学したのである。
 それでも、企業の説明会に参加するのに忙しい友達や、既に内定を勝ち取った仲間達からも、盛んに羨ましがられていた。中には、父親へのコネを頼って就職を頼む、ちゃっかりした奴もいる。
 まぁ、冬馬自身にしたところで、父親所有のマンションで気ままな一人暮らし。それなりに大学生活を楽しんでいるのもまた、事実ではあったが。
「俺にとっちゃ昔の写真より、今のアヤの方がよっぽど大事だからな」
 あまりにも素っ気ない態度に多少なりとも気が引けたのか、冬馬は慌てて付け加えた。
 そんな取って付けたような見え見えの言葉でも、彩子には嬉しいと見える。
「ヤダ、トーマったらもう」
 軽く頬を染めながら、ちょっと淋しげな印象を与える目を伏せた。
 冬馬はそんな彩子の隣にやって来て座ると、
「だからさ。なぁ、アヤ」
 まるで、
『分かってるだろ』
 とでも言いたげに、その肩に腕を回した。
「ちょっとトーマ、ダメよ。明日大学の授業があるんでしょ?早く寝なきゃ」
「あるけど。午後の講義に出ればいいんだ」
 慌てて離れようとする、彩子の気持ちなどお構いなし。冬馬の手は、既にその魅力的な胸の辺りをまさぐっている。
「でも、あたしは仕事があるから……」
 彩子ももうすぐ二十一歳になるが、冬馬とは違って大学へは進まなかった。高校を出るとすぐ、港建設という、中堅の建設会社に就職したのだ。そこで事務の仕事をしている。
「大丈夫だろ、一回くらい」
「だって…トーマしつこいんだもの…いつも…一度じゃ済まないじゃない…あっ……」
「アヤだって、嫌いじゃないくせに。ほら、もう感じて来ちゃってるぜ」
 もはや大胆にその乳房を愛撫しながら、冬馬は彩子の耳元で囁いた。
「もう…トーマのいじわる…あたしは別に…ただトーマに合わせてるだ…ああっ……」
 その言葉とは裏腹に、彩子は既に身を委ねている。
「トーマ……」
 切なげに呟きながら、乱れて行く呼吸の中で、愛する男の首に腕を回した。
 冬馬が唇を奪いながら、その身体を優しく仰向けにする。
 彩子には、冬馬の欲求を拒む事は出来なかった。いつだってそうだ。それは、彼が自分の全てを知り尽くしているという事実。そして何よりも誰よりも、自分自身冬馬を信愛しているからだと、彩子は思っていた。

  ― つづく ―



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連載小説 彩香~月に降る雨 3 [連載小説]

小説連載中。この場が初公開です。興味を持たれましたら、カテゴリーの著書をクリックしてみて下さい。現在販売されている、私の小説を紹介しています。

 

「彩子。朝から随分お疲れの様子じゃない」
 彩子は出勤するなり、同僚の坂巻奈津美に声をかけられた。その理由を承知の上で、冷やかしているような口振りである。
「そうかしら?」
 彩子は空惚けて見せた。
「そうよ。まぁ、月曜の朝はいつもそうだけど。ゆうべも随分頑張っちゃったみたいね」
「そ、そんな事ないわよ」
 一応否定はしたものの、図星を指されて、彩子は明らかに狼狽しながら赤くなる。
 実際、昨晩の冬馬の行為は、いつにも増して激しかった。彩子もクタクタになりながら、それでも何度も頂点に上り詰めたのだ。
「どうでもいいけどさ。でも、ほどほどにしないと、アンタの身が持たないよ」
「うん、分かった。気をつけるわ」
「別に彩子を責めてるんじゃないのよ。たださ、あんなヤツのいいなりになる事ないって言ってるの。たまには断固拒否する事も必要よ。夜の事だけじゃなくてさ」
 あまりにも素直な彩子の態度に、奈津美の口調が、同情したように優しく変わった。
『あんなヤツ』
 冬馬の事だ。彼女も何度か会った事がある。彩子に対するその身勝手な振る舞い方に、良い印象を持っていなかった。
 奈津美は今年の春、この港建設に入社したばかりだった。ただ、短大を卒業して来たので、彩子とは同い年になる。
 万事控えめな彩子に対して、積極的で物怖じしない奈津美。全く正反対の二人ではあるが、今では大の仲良しだった。小さな会社である。他に同年代の女の子がいないせいもあるのだろう。
「そうね……」
 奈津美の忠告に対して、彩子は曖昧に言葉を濁した。
 結局その日の午前中、彩子は半ばボーッとした頭で、何とか仕事をこなした。
「彩子はまたお弁当?たまには外で食べようよ」
 十二時少し前。こちらは相変わらず元気一杯な奈津美が誘いに来る。
「だってお弁当の方が……」
「安上がりだって言うんでしょ?もう聞き飽きたわ」
 奈津美は、入社以来幾度となく聞かされた言葉を、先回りして言った。
「ごめんね」
「別に謝る事ないけど。今日だって自分で作って来たんでしょ?」
「うん」
「大変じゃない」
「でも、残り物をチョコチョコって詰めて来るだけだから」
 そうは言っても、夕べの残り物ではない。まだ寝ている冬馬が、起き出した時に食べるようにと用意した、朝食の残りである。更に自分は、いつも朝食抜きだった。作るのが精一杯で、とても食べている暇はない。
 「彩子は偉いわよ。そうやってきっちり倹約してさ。あたしにはとてもマネ出来ないわ」
「だって、少しでも切りつめないと、生活出来ないもの」
「お給料、安いもんねぇ」
「ちょっと、ナッちゃん!」
 彩子は周囲の目を気にして窘めたが、当の奈津美はどこ吹く風だ。
「だってホントだもの。ねぇ、社長」
 丁度居合わせた社長に、そんな事までのたまっている。
 しかし穏和で物分かりの良い社長は、
「坂巻君には敵わんなぁ。給料アップを要求されないうちに、出かけるかな」
 などと笑いながら、出て行った。
 社長相手に平気で軽口が言える奈津美が、彩子には少し羨ましかった。自分には、とてもそんな真似は出来ない。
「だけどさぁ、全然おシャレもしないで。お化粧くらいしたいと思わない?」
「お客さんとか来た時、失礼だとは思うけど。でも、お化粧品て高いでしょ?」
「全然した事ないの?」
「あるけど……たまに」
 彩子はほとんど化粧をした事がなかった。更には、パーマもかけた事がない。それでも素直なストレートヘアは、サラサラで美しかった。清潔を心がけていれば、それでいいと思っている。何よりも、それで冬馬が気に入ってくれているわけだし。
「もっとも。彩子はスッピンでも充分キレイだからいいわよね」
「ナッちゃん。それって皮肉?」
 彩子がジロリと睨むと、逆に奈津美から睨み返された。
「皮肉?そんな事言うアンタの方が、よっぽど皮肉だわよ」
「そうだよなぁ。奈津美なんか、目一杯めかし込んだって、スッピンの彩ちゃんに敵わないもんなぁ」
 現場から戻って来たところだった、工事部の年輩社員が横やりを入れると、
「ちょっと横山さん!それってセクハラですよ」
 奈津美は平然とやり返す。口では負けていない。
「おっと。口は災いの元だ」
 横山はおどけた調子で言うと、応接セットにランチジャーを広げで食べ始めた。
「それにつけてもよ。彩子がそんなにまでしてやり繰りしてるってのに、あの砦門冬馬のバカは何考えてるのかしら」
 いずれ奈津美は、それが言いたかったとみえる。
 しかし彩子は、悲しげに睫毛を伏せた。
「ナッちゃん。あんまりトーマを悪く言わないで」
「だって。アンタの気持ち、全然分かってないじゃない」
「トーマはあたしの事、充分分かってるわ」
 確信を込めて言った彩子の唇が、その意志の強さを表すようにキッと結ばれる。
「そうかしら?だけどさ、せめて自宅通勤にすればいいのに。別に、両親と気まずいわけじゃないんでしょ?」
「そんな事ないわ」
「だったら、何も無理して一人暮らしする必要ないじゃない。そうすれば、部屋代だってかからないし。それに何よりも、親と同居となれば、アイツだってそうそう無理は言えなくなるわ」
 奈津美は名案だと言わんばかりに、頷きながら一人悦に入っている。
 しかし彩子は、それに対して何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。
 なぜなら、彼女に一人暮らしを勧めたのは冬馬だからである。もうじき一年になる。
 元々彩子は、自宅通勤をしていた。ところが、それでは冬馬にとって都合が悪かったのだ。彼の部屋で逢うにしても、やはり親の目が気になる。外泊も思うに任せない。
『アヤだって自由になりたいだろ』
 などと言いながら、その実自分が彩子を自由にしたかったのである。
 しかし彩子は、素直にその提案を受け入れた。傍目には、身勝手で理不尽なように見えるかも知れない。実際、経済的には苦しかった。それでも、誰にも気兼ねなく冬馬と逢える生活に、彩子自身は充分満足しているのだ。他人にどうこう言われたくない。
 だから奈津美には、口が裂けても話せなかった。もし言えば彼女の気性である。彩子の気持ちなどお構いなく、今以上に冬馬を非難するようになるだろう。或いは、本人に食ってかかるかも知れない。それでもし、冬馬と自分の仲が壊れてしまったりしたら。
 物心ついた時には、既に冬馬がそばにいたのだ。いじめっ子から守ってくれたトーマ。宿題を手伝ってくれたトーマ。海や山へ連れて行ってくれたトーマ。受験勉強を見てくれたトーマ。それから女として…………。全ては冬馬から教わったのだ。とにかく、冬馬のいない生活は考えられなかった。
(あたしにとってトーマがどんな存在なのか、誰にも分かるはずはないわ)
 彩子がそんな思念に捕らわれていると、
「彩子、電話。噂の砦門冬馬から」
 明らかにトゲのある口調の奈津美から、受話器を差し出された。
 ハッとしながらそれを受け取る。
「もしもし、トーマ?」
「おう、俺だ」
 相変わらず呑気な声が返って来た。
「どうしたの?」
「いや、別に。ただ、いっしょに昼飯でも食おうと思って」
「そう。用意しといた朝ごはん、ちゃんと食べた?」
「あぁ食ったよ、うまかった」
「そう、良かった」
「それでさ。アヤの事思い出しちゃって、その……逢いたくなった」
(見え透いてるわよ、トーマ)
 彩子はそう思ったが、勿論そんな事、おくびにも出さない。
「分かったわ。すぐに行くから」
「すぐ行くって。どこにいるのか……」
「分かってるわよ。どうせムーンリバーでしょ」
 彩子は冬馬の言葉を遮って言った。どこにいるかくらい、聞かなくても分かる。
「ムーンリバーって?」
「会社の前にある、喫茶店の名前」
「ムーンリバーってのか、ここ。それにしても、さすがはアヤだな。それじゃ待ってるぜ」
 言うが早いか、それっきり電話はガチャンと切れた。
「またお金をせびりに来たんでしょ」
 彩子が受話器を戻すなり、憤慨した奈津美の言葉が飛んで来る。
「そうじゃないわ。ただ、お昼いっしょに食べようって」
「でもそれじゃ、せっかく作って来たお弁当、無駄になっちゃうじゃない」
「大丈夫よ。家へ帰って、夜食べるから」
 当然のように言う彩子を、奈津美が同情するような目で見た。
「彩子……」
 何を言いたいのかは分かっている。
「あたしにはどって事ないのよ。へーき、へーき」
 冬馬を庇うように、彩子は殊更明るく言った。
「だけどさぁ。お昼食べようなんて、本気にしてるの?彩子それを」
「それは……」
 勿論、彩子だって本気でそう思っているわけではない。あの煮え切らない口振りからして、金の無心に来たに決まっている。だけど、そうは言いたくなかった。それでも、
「いいわ。今日はあたしから、みっちり意見してあげるわよ」
 奈津美は、はなから決めてかかっている。
「ちょっとナッちゃん!余計な事しないで」
 珍しく強気な彩子の言葉など、まるで効き目がない。
「いいから。あたしにまかせといて!」
(やれやれ……)
 一人で息巻いている奈津美に、彩子は溜息をついた。財布の入ったバッグを片手に、席を立つ。少し重い足取りで、事務所を後にした。

 ― つづく ―


 


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連載小説 彩香~月に降る雨 4 [連載小説]

小説連載中。この場が初公開です。興味を持たれましたら、カテゴリーの著書をクリックしてみて下さい。現在販売されている、私の小説を紹介しています。

 

「ようアヤ、こっちだ」
 彩子が奈津美とともにムーンリバーへ入って行くと、待ちかねたように冬馬が声をかけて来た。既に一人で、スパゲティなどパクついている。
「あら砦門さん。いっしょにお昼食べようなんて言ってたくせに、彩子を待たずにもう一人で食べてるの?」
 無言のまま、冬馬の正面に座った彩子の隣に腰を下ろしながら、奈津美が皮肉った。
「おやおや、ナッちゃんもいっしょか」
「ちょっと。気安く呼ばないでくれる?」
 明らかに敵意丸出しな奈津美の言葉も、冬馬には一向に堪えないようである。
「こりゃ失礼、坂巻さん」
 チラッと横目で見ながら言うと、
「喫茶店に入ったら、注文しないわけにゃいかないだろ?注文したものがくりゃ、食わないわけにゃいかないもんな」
 更に平然と付け加えた。
「もっともらしく、よく言うわ。どうせ……」
 奈津美が呆れ顔で言った言葉を、
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
 ウェイトレスの笑顔が中断させる。
「ランチセットでいいわ」
「あたしも同じもので」
 ぶっきらぼうな奈津美に続いて、彩子も遠慮がちにオーダーを出した。
「ランチセット二つですね?かしこまりました。少しお待ち下さい」
 あくまでも丁寧な言葉を残してウェイトレスが行ってしまうと、奈津美は再び冬馬に向き直る。
「どうせまた、彩子にお金せびりに来たんでしょ?」
「俺はただ、アヤといっしょにメシ食おうと思っただけで…別にそんなんじゃ……」
 図星を指されて、さすがの冬馬もちょっと口ごもった。
「どうだか、分かったもんじゃないわ」
「ちょっと。ナッちゃんは余計な事言わないでって、言ったでしょ」
 歯に衣着せぬ物言いの奈津美を軽く窘めた後、
「それで、トーマ。いくら必要なの?」
 彩子は冬馬に対して、率直に訊ねた。
「なんだよ、アヤまで。そんなふうに俺を見てるのか?」
 冬馬は、
『心外だ』
 と言わんばかりの口振りである。
 しかし彩子は、平然と構えていた。
「あら、そうじゃなかったの?ゴメンね、変な事言っちゃって」
 そう言われると、冬馬としてもなかなか本意を切り出せなくなる。
「まぁ、俺もここんとこ金欠ではあるし……」
 遠回しにブツブツ言いながら、思わず奈津美の顔を盗み見た。
 奈津美は軽蔑したような表情で、意識的に視線を外している。
 冬馬は何となくバツの悪い思いを感じながら、再び彩子に視線を戻した。しばらく逡巡した後、
「アヤが出してくれるって言うんなら、これくらいあると助かるな」
 思い切って言うと同時に、指を二本立てて見せる。
「しょうがないわねェ」
 などと言いつつも、彩子は財布から一万円札を二枚、さりげなく取り出した。人目につかないように、テーブルの下からそっと差し出しながら、
「どうして、夕べのうちに言わなかったの?」
 別に咎めるでもない口調は、どこまでも優しさに満ち溢れている。
「いや、ついうっかり忘れててさ。いつも悪いなアヤ、サンキュー」
「ホントにしょうがないんだから。だけど、あんまり無駄遣いしないでよ。あたしだって、そうそう援助出来ないんだから」
 別に悪びれるでもない冬馬の態度に、相変わらず彩子は優しかった。まるで、甘やかし放題の母親のようである。
 しかし、それでは端で見ている奈津美の方が納まらない。
「やっぱりそうじゃない。砦門さん!あなたいつもいつもそうやって、よく年下の彩子からお金をせびれるわね」
 再び意見をするが、
「アヤがいいってんだから、別にいいじゃないか。アンタには関係ないだろ?いちいちうるせぇんだよ」
 既に横柄な態度に戻った冬馬に、平然と受け流された。
「関係なくはないわよ。あたしは彩子の友達なんだから……」
「ランチセットのお客様、お待たせしました」
 奈津美が反撃しようとしたところを、再びウェイトレスに中断させられる。
「ごゆっくりどうぞ」
「どうもありがとう」
 二度も話の腰を折られて、今度はバカ丁寧に挨拶を返してから、奈津美は改めて攻撃を開始した。
「彩子がどんなに大変な思いをしてやりくりしてるか、全然分かってないんでしょ」
「分かってるさ。アヤの事は、分かり過ぎるほどよく分かってる」
「どうかしら。一人暮らしって大変なのよ。あなたみたいに、父親のマンションでのうのうと暮らしてる人とはわけが違うんだから。自分の為には一切お金使わないで。お昼だって、毎日お弁当なのよ。それだって今日は、あなたのせいでムダになっちゃったじゃない。彩子は帰ってから食べるって言ってるけど」
 とうとうとまくし立てる奈津美に、まるで、
『お手上げだ』
 とでも言わんばかりに、冬馬は軽く溜息をついた。
「彩子は、あなたに貢ぐ為に働いてるんじゃないわ」
「アヤがそういったのか?」
 冬馬に鋭く睨まれて、
「あたしは……」
 彩子は思わず口ごもる。
「彩子はあなたの悪口なんて、一言も言わないわよ。あたしが文句言っても、いつも庇ってばかり。そんな彩子の思いなんて、考えた事もないんでしょ」
 代わって奈津美が答えた。かなり興奮している。
「別に貢がせてるわけじゃないぜ、人聞きの悪い。今日だって、ちょっと借りただけだ」
「よく言うわ。今までだって、返した事ないくせに」
「ナッちゃん、もうやめて。あたしは、ちっとも辛いなんて思ってないんだから」
 たまらず、彩子が止めに入った。自分の為に熱弁を振るってくれるのはありがたかったが、これ以上冬馬を非難する言葉は聞きたくない。
「だって彩子」
「ナッちゃんの気持ちは嬉しいけど。でも、さっきも言ったでしょ。トーマは、充分あたしの事、分かってくれてるって。ねっ、トーマ」
「まぁな、長い付き合いだから……それよりさ。そのサラダ、うまそうだな」
「食べてもいいわよ」
 嬉しそうな彩子の言葉を待つまでもない。まるで反省の色を見せない冬馬は、既にサラダをつついている。
 そんな二人の様子を見ながら、
(コイツ、全然懲りてないよ。それに彩子までこんな調子じゃ、一人で怒ってるあたしが、バカみたいじゃない)
 奈津美一人、深く溜息をついた。
「あっ!トーマ。スパゲティ一つじゃ足りないんでしょ?もっと頼んでもいいのに」
「いや、やめとくよ。そろそろ行かないと。これ以上小言を言われても敵わないしな……それじゃ、ごちそうさん。アヤ、愛してるぜ」
 臆面もなく言って立ち上がった冬馬に、
「気をつけて。ちゃんと授業出なきゃダメよ」
 彩子が優しげな笑顔で声をかける。
「分かってるって」
 冬馬は後ろ手に振りながらそう言うと、大股に店を出て行った。

  ― つづく ―



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連載小説 彩香~月に降る雨 5 [連載小説]

小説連載中。この場が初公開です。興味を持たれましたら、カテゴリーの著書をクリックしてみて下さい。現在販売されている、私の小説を紹介しています。

 

「結局、ここの払いも彩子持ちじゃない」
 冬馬が食べ散らかした皿を苦々しく見やりながら、奈津美が吐き捨てるように言った。
「仕方ないわ。金欠なんだから」
 彩子が事もなげに答える。テーブルに飛んだスパゲティのソースをナプキンで拭き取りながら、むしろ楽しげである。
「アイツ。デート代持った事なんてないんでしょ?」
「ない事もないわよ…たまにだけど」
「彩子……」
 奈津美は、憂いを含んだ淋しげな彩子の横顔を、マジマジと見つめた。行儀の悪い彼氏の後始末を、嬉々とした表情でしている姿が、却って悲しげに映る。
「どうしたの?ナッちゃん……トーマって、まるで子供みたいでしょ?」
 同情的なその視線を感じたのか、彩子はちょっとはにかみながら言った。
 奈津美の視線が一瞬窓の外へ移り、そして思い切ったように再び彩子の横顔に戻る。
「彩子…悪いとは思ったんだけど。あたし、彼に砦門さんの事話したのよ」
「松崎さんに?」
 奈津美の思いがけない言葉に、彩子は驚いてその顔を見た。
 松崎和宏。奈津美が短大時代にアルバイト先で知り合い、付き合っている男だ。彩子も一度会った事がある。生真面目で大人しい、冬馬とは正反対の性格だった。二十五歳になると言っていたが、
『ナッちゃんの尻に敷かれてるな』
 と思ったものである。
「和宏もね。ひどい男だって、怒ってたわ。同じ男として、許せないって」
「そう……」
「彩子ちゃんがかわいそうだって。あんないいコは滅多にいないのにって、妙に興奮してたのが、あたしとしてはちょっと気になるんだけどね。この前会わせた時、やけに彩子の事気に入ってたみたいだからさ」
「松崎さんが?まさか。だって、ナッちゃんにゾッコンだったわよ」
 考えてもみなかった意外な事実に、彩子はちょっと驚いた。しかし、それ以上の感情はない。ただ、微かに見せた奈津美の淋しそうな目が、少し気にはなったが。
「まぁ、それは置いとくとしてさ。やっぱり同じ男から見ても、砦門さんて良くは見えないみたいなのよね」
「松崎さんて真面目で優しそうで、いい人だものね。ナッちゃんが好きになるのも分かるわ」
「ちょっと彩子。アンタまさか……」
 彩子の口振りが、やけに好意的で真剣だったので、奈津美は急に心配になった。
 しかし当の彩子にしてみれば、勿論そんな気は更々ない。
「やだ、ナッちゃんたら。悪いけど、あたしにはトーマ以外考えられないわ」
 その通りである。しかし、
「そうよね。だけど、それが問題なんだわ」
 奈津美は複雑な心境だった。自分の彼氏に興味を持たれても困るが、かと言って、砦門冬馬とはやっぱり手を切らせたい。あの男といっしょでは、どう見たって幸せだとは思えなかった。本人がそれでいいと言っているのだ。余計なお世話なのは分かっている。しかし、こればっかりは性分だから仕方がない。
 彩子にも、そんな彼女の性格は良く分かっていた。もう半年の付き合いてある。しかし、同時に自分と冬馬の関係、絆みたいなものも分かって貰いたかった。
「確かにあたしから見ても、今のトーマはダメな男だと思う。でもね、まだ学生だから仕方ないとも思ってるの。いずれ社会に出れば……」
「人間てさ。性格とか、そう簡単に変われるとは思えないけど」
 奈津美はあくまでも辛辣である。
 それでも彩子は、怒る素振りすら見せなかった。ただ、同調するように話を続ける。
「そうね。ナッちゃんの言う通り、そんなに簡単には変わらないわ。だからトーマも、ほんとは変わってないって、そう信じてるの」
「どういう事?」
 言っている意味が分からず、奈津美は思わず聞き返した。
 その視線を、彩子が正直に受け止める。そして、
「この際だから、ナッちゃんにだけは話しとくね……トーマがあんなふうになっちゃったのは、今思えば、お母さんが再婚してからだわ。彼が中学三年になってすぐだった」
 特に構えるでもなく、サラリと言った。
 それでも、奈津美にはちょっとした衝撃だったようである。
「再婚?それじゃ、サイモンなんとかっていう会社の社長だっけ?その人、ほんとのおやじさんじゃないんだ?おどろいた」
 しかし彩子にしてみれば、その事自体はどうでも良かった。
「そうよ。ほんとのお父さんて人は、トーマが四つの時に、女の人つくって家を出てっちゃったの。あたしとトーマの家はお隣同士で、物心ついた時にはもういっしょに遊んでたから、お父さんについても微かに覚えてる。とっても優しいおじさんだった」
「結構複雑な家庭環境だったんだ?」
「そうね。あたしは、仕事で遠くへ行ってるって聞いてたし、そんな事情なんて分からなかったけど、トーマは頭が良くて感受性が強かったから、全て知ってたみたい」
「どうして分かるの?」
 奈津美が、ふと湧いた疑問をそのままぶつけた。もっともな疑問ではある。
「それはね。トーマが五年生の時、急に名字が変わったの。それで、どうして?って、あたしが聞いたのよ。そしたら、母さんが離婚したからだって」
 ちなみに、実父の姓は坂村である。そして、母方の姓は高村。つまり冬馬は、坂村、高村、砦門と、三つの姓を名乗った事になる。
「それであたし、どうして離婚しちゃったの?おじさん、もう帰って来ないの?って、更に聞いたの。そしたらトーマ、父さんは帰って来ない、浮気して出てっちゃったんだって、はっきり言ったわ。それであたしにも、あぁ、あの時なんだって、分かったの」
「それでグレちゃったとか」
「違うわよ。さっきもいったでしょ。変わったのは、お母さんが再婚した頃からだって。正確には、高校入った頃からかな。ほんとは強くて優しくて、正義感のある人なの。あたし、グズですぐ泣く弱虫だったから、いつも男の子にいじめられてたわ。トーマはそんなあたしを、いつも庇って助けてくれた。あの時、トーマはこうも言ってたわ。別に父さんの事はなんとも思ってないんだ。だけど、母さんがよく泣いてたのも知ってる。だから俺は、アヤにはそんな思いはさせないからって。ずぅーっといっしょにいて、絶対に守ってやるからって」
「へぇ。小学生のくせに、しっかりしてたのね。結構いいヤツだったんだ?」
 奈津美が少し感心する。
 彩子が知って貰いたかったのは、まさにそこのところだった。
「そうよ。あたしにはそんなトーマが、すごく頼もしかった。頼り切ってたの。トーマといっしょにいれば安心なんだ。何があっても、必ず守ってくれるって」
「なるほどねぇ。彩子にしてみれば、さしずめナイトってとこか」
「やだ。別にそんなんじゃないけど……」
 奈津美の冷やかし気味の言葉に、彩子はちょっと照れたように下を向く。それでも、そういう言われ方には、満更でもないようである。
「だけどさ。それがどうしてあんなになっちゃったの?お母さんが再婚したせいだって、さっき言ってたけど」
「はっきりそうだとは言えないわ。ただ、その頃からなのよ。お母さんと二人暮らしだったのが、急にお金持ちでしょ」
「お金は人を変えるからね。恐いわ」
「あたしと違って元々頭いいし、なんでも人一倍こなすのね。それで、高校へ入ると周りからもチヤホヤされるようになって」
「それにまぁ、カッコいいしね。要するに、テングになってるってワケだ」
 奈津美は、
『良くある事だ』
 と言いたげに、一人で頷いている。
「ただ。あたしには、それがほんとのトーマだとは、どうしても思えないの」
「昔の事があるから?」
「ナッちゃんもいったでしょ?人間、そう簡単に本質まで変わっちゃうとは思えないわ。単なる願望なのかも知れないけど。でもね、それでもいいの。どんなふうに変わったとしても、あたしには強くて、優しくて、頼もしいトーマなのよ。生まれた時からいっしょだったから、もう彼のいない生活なんて考えられないの。だから、傍目にはどんなにひどく見えたとしても、あたしはトーマといっしょなら、それだけで幸せなのよ」
 彩子は訴えるように奈津美を見た。全てを語ったわけではない。話したくない事だって勿論ある。それでも冬馬との離れ難い絆、その思いだけは正直に打ち明けたつもりだった。 それは奈津美にも、充分伝わったようである。
「分かった。もう、あんまりうるさく言わないわ」
「ホント?」
「ほんとよ。約束する」
「良かった。ありがと、ナッちゃん」
 彩子にしてみれば、これで一安心だった。奈津美と気まずくならずに済んだし、冬馬の悪口も言われなくなる。
 一方奈津美は、今一つ納得しかねた。彩子の気持ちも分かる。だから、もう非難するつもりはない。ただ、その交際に関しては、やはり賛成出来なかった。
(彩子みたいないいコは、もっとちゃんとした人と付き合って、幸せにならなきゃね)
 お節介の虫は、納まりそうにない。
 

  ― つづく ―

 

 

 

 


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連載小説 彩香~月に降る雨 6 [連載小説]

小説連載中。この場が初公開です。興味を持たれましたら、カテゴリーの著書をクリックしてみて下さい。現在販売されている、私の小説を紹介しています。

 

「あら西山さん、いらっしゃい。どうしたの?今頃」
 金曜日。週末の五時を回った頃になってやって来た西山浩介に、奈津美が意外そうに声をかけた。
「あぁ、ナッちゃんか。いや、その……」
 西山は上の空で返事をしながら、事務所内をさり気なく見回している。
 この男、若干二十七歳にして西山工業の専務なのだ。とは言っても、その社名からも分かる通り、社長は彼の父親である。もっぱら港建設の下請けをしている零細企業ではあるが、それだけに、いずれは跡を継ぐ事になっている。真面目で、人柄も良い上に仕事熱心で、その能力も高く評価されていた。
「いつもと違うわよ、西山さん。妙にソワソワしちゃって」
「えっ?別になんでもないよ」
「そうかしら?なんか、心ここにあらずって感じだけど」
 奈津美は相手が年上であろうと、一向に気にしない。例によって、思った事をズケズケと口にした。
「ねぇ、ナッちゃん。彩ちゃんはもう帰っちゃったのかい?」
「あららら?それじゃ西山さん。今日は彩子に用なの?」
「えっ?…う、うん…まぁね」
 奈津美の冷やかすような口振りに、根が正直な西山は、思わずシドロモドロになる。
「大丈夫よ。彩子はちょっと郵便局に行ってるだけだから、じきに戻るわ。どぉ、安心した?」
「別に帰ったんなら、それでも良かったんだけど」
 とは言ったものの、その表情には、安堵の色が窺えた。
 奈津美の中で、好奇心が頭をもたげて来る。
「またまたっ、強がり言っちゃって。それにしてもねぇ」
 ジトリと斜めに見ながら、思わせぶりに言った時、
「あーん、五時半になっちゃうよぉ。今日に限って郵便局混んでるんだもん。やんなっちゃうわ、まったくぅ」
 珍しく不満を漏らしながら、彩子があたふたと駆け込んで来た。
「彩子。西山さん来てるわよ」
 奈津美の含み笑いの混じった言葉も、
「やぁ、彩ちゃん」
 更には西山の声も、ほとんど耳に入らない。
「あっ、西山さん来てたんですか?いらっしゃい」
 横をすり抜けざまにそう言っただけで、そのままロッカールームへ駆け込んで行く。
 と思ったら、ものの一分もしないうちに、私服に着替えて出て来た。
「彩ちゃん、今日これから暇…じゃないみたいだね」
 西山のちょっとガッカリしたような言葉も、やっぱりまるで聞いていない。
(どうしよう。遅くなったら、またトーマに怒られちゃう)
 彩子の頭には今、それしかなかったのだ。
 自分は平気で一時間も遅れて来るくせに、彩子が五分でも遅刻すれば、散々文句を並べ立てる。冬馬はどこまでも自分勝手に振る舞っていた。
「それじゃ西山さん、ごゆっくり」
 それでも挨拶だけは忘れない。そんな言葉を残して、彩子は風のように事務所を出て行った。
「行っちゃったわね、台風娘……それにしても、西山さんが彩子に気があるとはねぇ。今まで、全然気がつかなかった」
 室内が静かになると、奈津美は再び冷やかすように言った。
「そんなんじゃないよ!ただ、たまには食事にでも誘おうかと思っただけで。別に他意はない!」
 ムキになればなるほど、西山は却って深みにはまって行く。
 既に奈津美の思うつぼである。
「ならさ。あたしだっていいわけじゃない?彩子だけ誘うなんて、不公平だわ」
「だって。ナッちゃんには、彼氏がいるんだろ?いつも自慢話聞かされて、いい加減へきえきしてるぜ」
 西山はうまくやり返したつもりだったが、
「ほーらね。やっぱり、下心見え見え」
 とんだ藪蛇だったようである。
「まったく、ナッちゃんには敵わん……それじゃ聞くけどさ。彩ちゃんて、彼氏いるのかな?今も慌てて出て行ったけど」
 途端に素直になってしまった。
「えっ?それは……」
 そこまで言って、奈津美はとっさに口をつぐんだ。
(そっか。西山さん、知らないんだ)
 彩子は奈津美と違って、自分から彼氏の事をベラベラ喋ったりしない。それでも、奈津美がしょっちゅう文句を言っているので、社内には結構知れ渡っていた。ただ、部外者である西山の前では、冬馬の話題は出た事がない。
(今日だって、コソコソと誘いに来たんだもんね。横山さん達に聞いてなかったとしても、不思議はないわ)
 そう思いながら、奈津美は更に考えた。
(そうだ!西山さんなら、彩子にピッタリじゃない。同じ社長の息子でも、あの砦門冬馬鹿とは大違いだわ)
 そうである。お節介の虫が騒ぎ出したのだ。
「彩子っておとなしいでしょ?そっちの方もうぶで奥手だと思うから、多分決まった彼氏はいないと思うよ」
 奈津美は、彩子本人が聞いたら赤面しそうな事を、臆面もなく言い切った。
「そうかな。だといいけど」
「そうよ。あたしは西山さんと彩子、お似合いだと思うな。彩子は知っての通りいいコだし。西山さんと結婚すれば、彼女だって幸せになれると思うわ」
 奈津美の口のうまさは天下一品である。
 西山の表情に、希望の光が射して来た。
「そんな。結婚なんて、いくらなんでも早計過ぎるよ」
「そんな事ないんじゃない?案外待ってるのかもよ、彩子。自分からいい出せるタイプじゃないないもんね、彼女。よっ、ガンバレ、いろおとこ!」
 奈津美におだてられ、
「まさかなぁ」
 半信半疑ながら、西山は満更でもないようである。

(どうか、まだ来ていませんように)
 そんな彩子の願いも虚しく、そこには既に、冬馬の愛車が停まっていた。深紅の派手なピックアップトラックだ。夜目にもはっきりそれと分かる。見間違う事は、絶対にない。
「あぁーあ。トーマ、やっぱりもう来てる。怒ってるだろうなぁ……」
 思わず口に出して呟きながら、彩子は自然と足を早めた。
 十インチアップのハイリフト。ドアを開けたものの、女の子が乗り込むのは大変である。スカートの裾を気にしながら、ほとんどよじ登るような格好で、何とか助手席に納まった。
「遅くなってゴメンね」
 努めて明るく言う彩子に対して、
「ずいぶん待ったぞ、アヤ。なにやってたんだよ」
 案の定、冬馬の返事は不機嫌極まりない。
「ゴメン。今日に限って、郵便局が混んじゃって」
「バァーカ。どうせ遅くなってから行ったんだろ。グズだからな、お前。五時になったら帰れるように、ちゃんと支度しとけよな」
「うん、分かった。これから気をつけるわ」
 いつもながら自分勝手な冬馬の要求を、彩子は素直に受け入れた。
「ねぇ。今日はどこ行くの?」
「どこにするかな。ディスコも飽きたし、カラオケも二人じゃな」
 冬馬は面白くなさそうに言いながら、シフトをドライブに入れる。目的地も決まらないまま、車を強引に渋滞の列に突っ込んだ。後続車の苛立ったクラクションが聞こえたが、全く気にもとめない。
「たまには、ホテルでも行ってみるか」
 平然と言われて、彩子はとっさに懐具合を計算した。そんな余計な金を使う余裕はない。しかし、はっきりそうとも言えず、
「ホテル?何言ってんのよ、トーマ。わざわざそんなとこ行かなくったって、あたしの部屋へ泊まればいいじゃない」
 遠回しに否定してみる。
「なんか代わり映えしないだろ?いつもいつも、お前の部屋じゃ」
「それじゃ、トーマのマンションへ行こ」
「俺んとこだって同じだよ。最近のホテルって、色々と凄いらしいぜ。新鮮な刺激があって、アヤだってきっと燃えるぞ」
 軽く顔を振り向けながら、冬馬の目が嫌らしそうに笑った。
「あたしはトーマがいっしょなら、どこだって同じだもの。いいわよ、わざわざそんなとこ行かなくたって」
「そうか?俺は最近、ちょっと飽きて来たな」
 なかなか同意を得られなくて、また苛立って来たようである。
「トーマ…今月はちょっと苦しいのよ。今度お給料入ったら、連れてって」
 仕方なく、彩子は正直に本心を告白した。
「チェッ、分かったよ。アヤはいつも貧乏だもんな」
「ゴメンね。その代わり、今夜はうーんとサービスしてあげるから」
 経済状態が苦しいのは、もっぱら冬馬のせいなのに、彩子は絶対にそうは言わない。
 冬馬だって一応は自覚があるから、さすがにそれ以上強くは言えなかった。その代わりに、左腕をヌッと伸ばして彩子の肩を抱き寄せながら、
「それじゃさ。新しい技覚えたから、試してみるか」
 そう言って、再びニヤニヤ笑う。既に上機嫌である。切り替えが早いというか、要するに気まぐれなのだ。
「新しい技って、なんの?」
 大真面目な顔で質問する彩子。
「なんのって。決まってるだろ?アヤを悦ばせる技だよ」
 冬馬は言うが早いか、その胸をわざとらしく掴んだ。
「ヤダ、トーマったらもう。ちゃんと運転に集中してないと、危ないわよ」
 彩子はドギマギしながらその手をどけようとしたが、冬馬が素直に聞き入れるはずもない。再度肩に腕を回しながら、
「ハハハ、大丈夫だよ。こんなに渋滞してるんだ。ぶつける心配はないさ」
 さも愉快そうに笑った。
「しょうがないわね……でもさぁ…どこで覚えたのよ、その技」
 仕方なくするに任せたまま、それでも彩子は、しっかりと突っ込みを入れる。
 不意を突かれた格好の冬馬は、ちょっと戸惑った。
「どこって、その。ビデオ…そうビデオだよ」
「ビデオねぇ」
 彩子が疑いの眼差しを向ける。
「そうだよ。友達でさぁ、部屋中そういうビデオでぎっしりのヤツがいるんだ。そいつんとこでな、見たんだ」
「男の人って、そういうビデオ好きよねぇ。あたしには理解出来ないわ」
 彩子がそんな言い方をすれば、普段なら猛然とやり返す冬馬だが、
「俺は別に、そんなもん見たかなかったんだけど。どうしても見ろって言うから……」
 どういうつもりか、今日は何となく歯切れが悪かった。
 彩子もそこのところを分かっているから、敢えて反発してみるのだ。
「別にいいわ。どこで覚えようと、そんな事」
「なんだよアヤ。お前、俺の事信用出来ないのか?」
「さぁ、どうかしら…それより、なんか食べてくでしょ?あんまりお金ないから、安く済まそうね」
「あっ、あぁ。アヤの言う通りにしていいよ」
 完全に形勢逆転である。心の中でシメシメと思いつつも、
(だけど。ほんとはどこで覚えたんだろ)
 やっぱり、チョッピリ気になった。しかし、珍しく主導権を握ったのだ。敢えて聞かない事にする。
「こないだね、安くておいしいピザ屋さん見つけたの。そこにしよ。だけど、近くに駐車場あったかな」
「別にどうでもいいよ、そんなもん。どうせ立体じゃ、コイツには無理だからな」
「調べとけばよかったね。会社の帰りに、ナッちゃんと行ったから」
 彩子は、ナッちゃんの部分を強調した。
「ナッちゃんとねぇ」
「あっ。信じてないの?トーマ」
「信じてるさ。それに、アヤがどこで誰と何をしようが、どうでもいいしな」
「トーマ……」
 彩子が悲しげな眼を向ける。
 しかし冬馬は、本当に興味がなさそうだった。ノロノロと前を進む車のテールランプを、見るともなしに追っている。もう既に、いつもの顔に戻っていた。

 ― つづく ―

 

 


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連載小説 彩香~月に降る雨 7 [連載小説]

小説連載中。この場が初公開です。興味を持たれましたら、カテゴリーの著書をクリックしてみて下さい。現在販売されている、私の小説を紹介しています。

 

 車から降りるのに手間取った彩子は、小走りにピザショップのあるビルへ駆け込んだ。 そんな時でも、冬馬は決して待ってくれない。地下への階段を下りて行くと、ちょうど店へ入るその後ろ姿が見えた。
 慌ててあとを追う。彩子も急いで入り口を入った。見れば、そこに居合わせた高校生らしき女の子が二人、冬馬の姿を目で追っている。
「ちょっとカッコいいよね」
「モデルかなんかかな?」
 通りすがりに、そんな会話が聞こえた。
 スラッと背が高い冬馬は、その整った顔立ちと相まって、よく女の子に注目される。当人は気づいているかどうか分からない。けれど、彩子は時々そんな光景を目にして、その度に誇らしい気分になるのだ。勿論、本人には言わないが……。
「何にする?トーマ」
 彩子はテーブルにつくなり早速メニューを取り上げ、冬馬に向けて広げて見せた。
「アヤに任せる」
「そう?じゃぁ、頼んで来るね」
「なんだ、注文取りに来ないのか?」
「セルフオーダーなの。持って来てはくれるけどね」
 彩子はそう言うと、軽い足取りで立って行く。
 週末の夜という事もあるのだろう。キャッシャーはかなり混んでいた。味の評判もいいらしく、持ち帰る客もかなりいる。それでも彩子は、別に苦にするでもなく、列の一番後ろに並んだ。
 五分ほど待ってオーダーし終えると、テーブルに戻りかけてはたと立ち止まった。
 先ほどの女子高生とおぼしき二人組が、テーブルに頬杖ついた格好で、冬馬と何やら話している。
 彩子は一瞬躊躇した。しかし、別に自分がやましい事をしているわけではない。そう思い直して、テーブルに戻った。
「お待たせ、トーマ」
 聞こえよがしに声をかけると、
「なっ。今日だって、このおネエちゃんのおごりなんだ」
 冬馬は別に悪びれるでもなく、平気でそんな事を言っている。
「なぁんだ、ヒモか」
「オバさんも大変だね。行こ」
 女の子二人は、そんな捨てゼリフを残して行ってしまった。
「オバ…さんて。なんなのよ、あの二人」
 大人しい彩子も、その言葉にはさすがにカチンと来たらしい。とっくに二人が出て行ってしまった入り口の方を睨みつけながら、憤慨して見せた。
「ハハハ。今頃怒ったって遅いぜ、アヤ」
 冬馬がおかしそうに笑う。
「トーマ!何話してたのよ、今の二人と」
 彩子はまだ怒りが納まらず、今度はそれを冬馬にぶつけた。
「そう怒るなって。ただ、遊びに連れてってよって言うんでな。あいにく金持ってないから他当たってくれって、そう言っただけさ」
「それで、あたしのおごりだって言ったわけ?でもさぁ、悔しくないの?ヒモ呼ばわりまでされて」
「別に。おんなじようなもんだからな。それより、アヤをオバさん呼ばわりは許せないよな。きっと、その美貌に嫉妬したんだぜ」
 冬馬は呑気に構えながら、ヌケヌケと言った。目が半分笑っている。
「そんな白々しい事、よく平気でいえるわ」
「俺は本気でそう思ってるぜ」
「でもあの二人、高校生かな?なかなかカワイかったじゃない?ほんとは惜しい事したと思ってるんじゃないの、トーマ」
 彩子は話の矛先を変えてみたが、
「ゼンゼン。ガキには興味ないから、俺は」
 冬馬は全く動じる気配がなかった。実際、本当にそう思ってもいる。
 しかし、彩子には真意までは分からない。黙ったまま、探るようにその目を覗き込んでいると、
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
 オーダーしたピザが来た。
 冬馬が早速一切れちぎる。
「どうした?アヤ。早いとこ食って、とっとと帰ろうゼ。お楽しみが待ってるからな」
「うん……」
 返事はしたものの、彩子はなかなかピザに手をつけなかった。
「心配するなって。俺にはアヤしかいないんだから」
 冬馬は全てお見通しである。
(今までだって、同じ事いいながら……)
 そこまで考えて、彩子はやめにした。あれこれ思い悩んでも仕方がない。
(どっちみち、あたしはトーマを信じて、ついてくしかないんだもの)
 自分の中で、それだけははっきりとした事実だったからである。

「よう砦門。こんなとこにいたのか。随分探したぜ」
 珍しく、学生食堂で昼食を摂っていた冬馬。それを見つけた友人の中川祐二が、やれやれといった調子で声をかけてきた。
 祐二は同じ大学の四年生である。学部は違うが、入学早々参加した電脳サークル、いわゆるパソコンの同好会だが、彼もそこに入って来た。妙に馬が合うらしく、以来何かにつけて遊び歩く付き合いが続いている。ハッキリ言って、悪友である。
「お前が学食で昼飯食うなんて、驚きだな」
「金がないんだ、仕方ねぇだろ」
 からかい半分の祐二に対して、冬馬は面白くもなさそうにボソッと答えた。
「へぇ。お前でもそんな事があるのか?バイトもしないで、優雅に暮らしてるように見えるがなぁ」
「余計なお世話だ。それより、なんか用事があるんじゃないのか?」
「おっとそうだった。それでお前を探してたんだからな」
 祐二がニヤニヤ笑いながら、冬馬の隣へ来て座る。その食べている皿から、無遠慮に唐揚げを摘み、ヒョイと口へ放り込んだ。
「おい!」
 冬馬の上げた抗議の言葉など、全く意に介さない。
「いいじゃないか、唐揚げの一つや二つ。それより、お前に聞きたい事があるんだ」
 馴れ馴れしく肩を叩きながら更に一つ、唐揚げを素早く口に運んだ。
 冬馬は半ば諦め顔である。
(女の子のケツを追っかけるんなら分かるけど、俺を探し歩くとはね。どうせ、ろくな用じゃないに決まってる)
 そんな事を考えながら、これ以上つまみ食いされないようにと、急いで残りの皿を平らげる。
「それで、何が聞きたいんだ?」
「お前。先週の金曜の夜、すげぇ可愛いコといっしょだったろ?」
(やっぱりろくな話じゃない…それにしても、よりによって祐二にアヤといっしょのとこ見られるとはなぁ)
 彩子との仲を、一番知られたくない男である。冬馬は心の中で舌打ちしたが、それでも一応空惚けてみせる。
「そんなの知らねぇぞ。人違いじゃないのか?」
「お前の派手なピックアップに乗り込むところを見たんだ。隠すとタメにならないぜ、砦門。なんなら、恵里ちゃんに教えてやってもいいんだがなぁ」
 そう。それが冬馬にとっての問題だった。
 河島恵里。やはり電脳サークルに参加している、一年生である。なかなかの美人で、彼女が入会してくるなり、冬馬は早速声をかけた。彼に誘われて、断る女の子はまずいない。恵里も初めからその気で、すぐに交際が始まった。勿論、既にベッドを共にする仲である。
「別に、祐二が思ってるような仲じゃないさ。単なる幼なじみだよ。一つ年下で、まぁ言ってみれば、兄妹みたいなもんさ」
 これ以上白を切っても話をややこしくするだけだと思ったのか、冬馬は割と素直に白状した。
「初めから正直に言えばいいんだよ。で、どこの大学行ってるんだ?」
「大学生じゃない。もう働いてるんだ。建設会社で事務をしてる」
「そうか。しかし、お前も隅におけないよなぁ。恵里ちゃんがいるってのによ」
「だからそんなんじゃないって。単なる幼なじみだって言ったろ」
 冬馬は思わずムキになって否定した。
 しかし信じているのかいないのか、祐二は相変わらずニヤニヤしている。
「そうかそうか。まぁ、そういう事にしとこう。だけどそれなら、俺に紹介してもいいわけだ」
 どうやら、最初からそれが目的ようだ。冬馬との関係がどうであろうと、そんな事はどうでもいいらしい。
「それは…ま、まぁな……」
 しかし、冬馬は答えに詰まった。恵里と両天秤にかけるわけではないが、やはり彩子をこんな奴に盗られるのはしゃくである。第一、
「紹介してやってもいいが、アヤが承知しないぜ」
「アヤっていうのか、あのコ。とにかく、砦門はどうとでも理由を付けて、俺に会わせりゃいいんだよ。後は自分でなんとかするからよ」
 祐二は自信たっぷりに言った。冬馬ほどではないが、この男もそれなりにモテるのだ。
「しょうがねぇなぁ」
「安心しろ、恵里ちゃんには黙っててやるから」
「何を黙ってるのよ」
 突然後ろで声がして、冬馬がハッとしたように振り返る。そして、
「恵里!」
 そう言ったきり、絶句した。
「どうせ、ナンパの相談でもしてたんでしょ?あたしは別に平気よ。その代わり、分からないとこでやってよね」
 恵里は平然とうそぶいた。実際それは強がりでも何でもなく、至ってドライな性格なのだ。冬馬との関係にしても半分ゲーム感覚的なところがあり、今が楽しければそれでいいと思っている。彼が自分の全てのように思っている彩子とは、まるで正反対だった。
 冬馬にしても、遊び半分なのは同じである。下手に真剣になられるよりは、気も楽だった。それでも、彩子の存在を知られずに済むなら、やはりそれに越した事はない。一々説明するのは面倒臭いのだ。もっとも、そんな事を問いただすような恵里ではないが。
「それじゃ頼んだぜ、砦門。詳しい事はまた後でな」
 祐二は言うが早いか、逃げるようにその場を離れて行った。
「まったく。ほとんどビョーキよね、彼の女好き」
「そうだな」
「ふぅーん。て事は、やっぱりナンパの相談してたんだ?」
「なんだかんだいっても、やっぱり恵里も気になるんだな」
 恵里が切り込めば、冬馬も平然とやり返す。二人ともそんなやり取りを楽しんでいるように見える。
「そりゃね。付き合ってる男が他の女に目移りすれば、あたしだって一応いい気持ちはしないわよ」
 ちょっと拗ねた素振りを見せながら、恵里は祐二の座っていた椅子に腰を下ろした。
「心配するな。俺は、いつだって恵里だけだぜ」
 冬馬のセリフ。彩子に対する言葉と同じである。
「取り敢えずは信用しておくわ、その言葉」
 恵里は昼食のツナサンドを口に運びながら、軽く横目で睨んだ。

 ―つづく―

 



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連載小説 彩香~月に降る雨 8 [連載小説]

小説連載中。この場が初公開です。興味を持たれましたら、カテゴリーの著書をクリックしてみて下さい。現在販売されている、私の小説を紹介しています。

 

「冬馬、ちょっと待ちなさい」
 足早に立ち去ろうとする冬馬に、珍しく父、砦門政利が声をかけた。
「なんだよ」
 冬馬は立ち止まったが、振り向きもしない。用事さえ済めば、こんな親父の殺風景なオフィスに長居は無用である。
 彼は毎月の生活費を、直接ここへ取りに来させられていた。
 ほとんど家に寄りつかない息子。それに対して、継父である政利としては、何とか会話の機会を持とうとしたのである。しかし、思惑通りには行かなかった。
 冬馬は父に対して、あまり口を利こうとしなかった。ここへ来ると、いつも覚めた目をしている。そこには踏み越え難い壁があるように、政利には感じられた。
「たまにはゆっくりして行ったらどうだ?」
 呼び止めてはみたものの、次に続く言葉が見つからない。政利は在り来たりな言葉で、その場をつくろった。しかし、
「俺だって、色々と忙しいんだ」
 冬馬はにべもない。
(変わらんな。あの頃から、ずっとこの調子だ)
 政利は冬馬の母、佳代子と結婚した頃を思い出して、軽く溜息をついた。
 彼にとって、佳代子は初婚の相手である。
 三十を目前にして、それまで務めていた大手電器会社を辞め、今の会社を設立した。勿論、初めからコンピューター関連の機器を扱っていたわけではない。当初は、新興著しかったニーズ諸国の家電製品等を安く輸入販売し、社員は少数ながらも事業は順調に見えた。
 一方その頃の佳代子は、夫に出て行かれて間もない頃である。幸い家は残ったが、幼い冬馬を抱えて生活して行くには、働かなければならない。彼女は知人の紹介で、設立されて間もない政利の会社に就職したのだ。
 佳代子は懸命に働いた。
 やがて、順調に見えた会社の経営状態が怪しくなり始める。それでも彼女は変わる事なく、ある意味献身的とさえ言えた。或いは、生きて行くのに精一杯だったのかも知れない。
 政利は、そんな佳代子に惹かれたのだ。
 サラリーマン時代には付き合った女性もいたが、結婚にまでは踏み切れなかった。そして自分で会社を興してからは、仕事一筋でやって来たのである。
 そんな政利に、彼女の誠実さは安らぎを与えてくれた。いずれごく自然に、結婚を申し込んだのだ。
 そして佳代子も、彼のプロポーズを承諾した。苦しくなった会社の経営を、何とか立て直そうと孤軍奮闘している姿に、心を動かされたのである。
 ただ政利自身のけじめとして、実際に籍を入れたのは、会社の建て直しに目処がついてからだった。
 そしてもう一つ、二人にとって気がかりだったのが冬馬の存在である。
 結果として政利は、冬馬が高校受験を控えた一番難しい年頃に、父親となってしまった。しかも、当然他に子供はなく、いきなり父親になったのである。どう接して良いか分からない。正直言って、戸惑いは隠せなかった。にも拘わらず、取り立てて反抗されるような事はなかった。だからといって、自分を父として認めてくれたわけでもないように思える。ただ現実をありのままに受け入れて、その立場で上手に生きているように見えるのだ。
「そうそう。もうじき、門脇君が来る事になっているんだ」
 政利は、夢から覚めたように言った。
「俺には関係ないだろ?」
「冬馬が来るって話したら、懐かしがって、会うのを楽しみにしていたぞ。お前だって、会うのは久しぶりだろう」
「別に、俺が弁護士先生に会ってもな」
 冬馬は素っ気ない口調で言った。
 何でも門脇晋太郎は、政利にとって大学の二年後輩だそうである。
 会社の経営がいよいよ行き詰まった頃、政利は大学時代の後輩を思い出し、門脇の事務所へ相談に行ったのである。彼は世話になった先輩の為と、親身になって動いてくれた。
 門脇は優秀な弁護士だった。
 当時、市場が急速に拡大し始めていたパソコン業界に目をつける。政利はその助言によって、パソコン周辺機器の輸入販売を手がけ始め、社名も思い切って変えた。そこから、パソコンの組み立て販売にまで展開していったのである。資金調達にも奔走してくれ、経営が瞬く間に持ち直したのは、彼の働きによると言っても過言ではない。
 以来門脇は、サイモン・コンピューティング・システムズの顧問弁護士をしている。
 自宅の方へも度々訪ねて来ていたので、それで冬馬とも顔を合わせる機会があったのだ。
 無論、直接付き合いがあるわけではない。高校に入った頃から段々と疎遠になり、大学へ入ってからは一度も会っていなかった。
 だから門脇に会うといっても、冬馬にしてみれば、別段何の感慨もない。
「まぁ、そう言うな。門脇君には興味がなくても、いっしょに来る女性にはどうかな?」
 思わせぶりな父の言葉も、冬馬にはさして興味がなかった。どうせ大した女じゃないに決まっている。それでも、
「いっしょに来る女?」
 調子を合わせるようにそう言った。
 政利が、息子の気持ちを見透かしたかのようにニヤリとする。
「そうだ。大学の法学部を出たばかりで、弁護士になる為、勉強を兼ねて門脇君の事務所で働いている。お前より一つ年上にはなるが、なかなかのの才女だぞ。ここへも何度か来ているが、かなりの美人でもある」
「美人ねぇ」
「そうだ。それに身元もしっかりしているし、礼儀正しく頭も切れる。素晴らしいお嬢さんだよ。お前の嫁さんにするには、これ以上の人はいないぞ」
(弁護士志望の女か。なるほどね、そういう事か)
 冬馬は、父に気づかれれないように顔をしかめた。
 将来的に弁護士が身内にいるとなれば、会社にとって何かと都合がいいだろう。そうでなくても、素性の知れない女に砦門家に入られてあれこれ掻き回されるよりは、ずっといいという考えに違いない。
(俺は信用されてないって事か。まっ、実際フラフラと、真面目な生活してないからな)
 冬馬は心の中で自分を嘲ったが、勿論そんな事はおくびにも出さない。代わりに、
「いいよ。自分の相手くらい、自分で見つけるから。それにまだ、結婚する気なんてないしね」
 当たり障りのない返事をした。
「そんな事は言っとられんぞ。うちへ入社すれば、今までのように呑気に構えちゃいられなくなる。将来は私の後を継ぐ身だ。しっかり仕事を覚えて、早く一人前になって貰わにゃならん。私の息子だからって、甘やかすわけにはいかんぞ。他の社員の手前もあるからな。そうなりゃ嫁さんなんて探す暇もなく、アッという間に三十だ」
 くどくどと並べ立てる父親の言葉には、はっきり言ってウンザリである。それでも冬馬は、辛抱強く感情を抑えている。
「そりゃ分かるけどね」
「とにかく、別に見合いをするわけじゃないんだ。そんなに大げさに考えず、顔をあわせるくらいは構わんだろ。会えばお前だって、きっと気に入ると思うがな」
 さすがにムキになっている自分が大人げないと思ったのか、政利は穏やかな口調に戻ってそう言った。
 この分では、門脇弁護士とも口裏を合わせているに違いない。
「分かったよ」
 冬馬は、一応父親の顔を立てる事にした。応接用のソファに、ふんぞり返るように身を投げ出したところへドアがノックされ、慌てて再び立ち上がる。
「どうぞ」
 政利の上機嫌な招きに促されるように、温厚そうな紳士が入って来た。勿論それは、冬馬にも見覚えのある、門脇晋太郎である。
 更にその後ろには、若い女性が控えめな態度で付き従っている。
「やぁ冬馬君、すっかり立派になったな。見違えたぞ」
「いやぁ。俺なんかまだまだ、臑っかじりのひよっこですよ」
 懐かしそうな門脇に対して、冬馬は型通りに謙遜して見せた。その辺の如才なさは、取り敢えず心得ている。
「そんな事はないぞ。確かもう、大学生だったな」
「はい。経済学部の四年です」
「なるほど。将来は、おやじさんの跡を継ぐってわけだ」
「さぁ、どうなりますか」
「おいおい。おやじさんはそのつもりでいるぞ。ねぇ、砦門社長」
 冬馬の言葉を楽しそうに聞きながら、門脇は政利に話を振った。
「どうしますかな。みっちり鍛えて、使いものになるようなら考えましょう」
 これまた嬉しそうに笑いながら、政利が答える。
「あんな事を言っているが、腹の中は既に決まってるはずだよ」
「どうでしょうね。あんまり信用ないみたいですから」
 冬馬は本気とも冗談ともつかぬ口調で言いながら、後ろの女性を横目で盗み見た。
 理知的な目元に整った鼻筋。シャープなフェイスラインには、ショートカットのシングルボブが良く似合っていた。ツーピースのスーツをキリッと着こなして、いかにも姿勢良く立っている姿は、まるでモデルのようである。背が高くスタイルもいいので、そんな格好が実に良く決まっていた。
(へぇ。これが親父の言ってた、才色兼備嬢か。なかなかイケるじゃない)
 そんな失礼な考えでいる冬馬の視線に気づいたのか、彼女が軽く咳払いをする。
 それでこちらも初めて気がついたように、
「おっと、忘れるところだった。こちらはわが門脇法律事務所期待のホープ、片桐悠子君だ。将来有能な弁護士になるぞ」
 門脇がもったいぶった口調で紹介した。
「ヤダ先生ったら。司法試験に二度も落ちてるんですから、どうなるか分かりませんよ」
 悠子はボスを軽く睨んでおいて、
「はじめまして、片桐です」
 多少照れながら、それでも快活に挨拶をする。
「どうも、砦門です」
 冬馬は眩しいような思いに圧倒されながら、やっとの思いでそれだけ返した。
「二回や三回落ちたくらいがなんだ。私なんか、五回も挑戦してやっと合格したんだぞ。それでも早い方だ」
「ハイハイ。分かりました」
 冗談めかして言う門脇に対して、悠子も笑いながら答える。どうやら既に、この二人の間には信頼関係が確立されているようである。
「分かればよろしい。私は門脇さんと話があるから、片桐君は若い者同士、冬馬君と話でもしていなさい」
「ちょっと先生!若い者同士って、お見合いに来たわけじゃないんですから。私にも、ちゃんと仕事させて下さい」
「あいにくだが、今日は仕事の話で来たんじゃない。週末のゴルフについて、打ち合わせに来たんだ」
 門脇が澄まし顔で言った。
「えっ?ゴルフ…ですか……」
 思いも寄らない言葉に、悠子は呆気に取られている。そしてそれとは対照的に、
(やっぱりそうだ)
 冬馬は一人納得していた。悠子はとびきりの美人だし、それならそれで別に構わない。
「いいんじゃない?門脇先生の言う通り年寄りはほっといて、こっちはこっちで楽しくやろうぜ」
「そうね。それがいいわ」
 悠子はすっかり平常心に戻っている。
 ニッコリと知的な笑みを浮かべたその存在感が、冬馬に強烈なインパクトを与えた。彩子は勿論、今までに出会ったどんな女の子とも違っている。その魅力に急速に惹かれて行くのが、自分でもはっきりと分かった。

 ―つづく―

 

 


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連載小説 彩香~月に降る雨 9 [連載小説]

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 「いいか、アヤ。俺の友達には、ただの幼なじみだって事にしとくんだぞ」
 冬馬は念を押すように言った。既に三度目である。
「分かったってば、もう。何度同じ事言えば気が済むのよ。だけど、どうしてなの?理由くらい教えてくれたっていいじゃない」
「なんでもいい。アヤはただ黙って、俺の言う事を聞いてればいいんだ」
「横暴ね、トーマは」
 口を尖らせてはみたものの、彩子はすぐに、いつもの事と諦めた。
 それにしても、今夜の冬馬はどことなくおかしい。その事だけではなく、
『たまには化粧して来い』
 とも言われた。素直に従い、自分では念入りにして来たつもりである。一言も褒めてくれなかった。それは慣れっこになっている。しかし、
(大学の友達がいっしょだからって、どうしてお化粧しなきゃいけないのよ。それに、ちゃんと彼女だって紹介してくれたっていいじゃない。あたしって、そんなに魅力ないのかしら)
 やはり疑問と不満を感じた。と同時に、自分を疑ってしまうのがいかにも彩子らしい。
 冬馬は今夜、
『友達のバンドがライヴやるんだ。いっしょに行こうぜ』
 そう言って彩子を連れ出した。それ自体は嘘ではない。同じ大学の女の子が、キーボードを担当しているバンドが出演するのだ。しかし本当の目的は、勿論祐二のほとんど脅迫まがいの約束を果たす為である。
「遅いぞ、砦門」
 二人がピックアップトラックから降り立つと、待ちかねたように祐二の声が飛んで来た。
「すまん。ちょっと道が混んでてな」
 冬馬の口調は、まるでごく普通の挨拶を返すような感じである。
 彩子はその陰に隠れるように、控えめに佇んでいる。
「そっちの彼女が?」
「こないだ話してた、幼なじみの山元彩子だ」
「どうも…はじめまして」
 彩子は俯き加減のまま、消え入りそうな声でやっとそれだけ言った。
「コイツは俺の遊び仲間で、同じ大学に通う……」
「中川祐二、二十二歳。よろしくな」
 祐二は、冬馬の言葉を遮って自己紹介した。その振る舞い方が、いかにも馴れ馴れしい。
 彩子は少し気が重くなった。いかに冬馬の友達とはいえ、初めて会う男のそういう態度には、ちょっと抵抗がある。それでも、
(トーマがいるんだもの。この人と二人きりになるわけじゃないんだし。あたしは、トーマのそばにくっついてればいいんだわ)
 何とかそう思い直したところへ、
「それじゃ祐二、アヤをよろしく頼むぜ」
 冬馬の口から、信じられない言葉が飛び出した。
 彩子が慌てて問い質す。
「ちょっとトーマ!どこ行くのよ」
「俺は先に帰る」
「なら、あたしもいっしょに帰る」
「せっかく来たんだから、アヤは祐二とライヴを楽しんで来いよ。たまにはいいぞ、こういうのも」
 何がいいんだか、冬馬は意味深な含み笑いを残して背中を向けた。
「ちょっとトーマってば!」
「いいじゃないか。砦門はなんか用でもあるんだよ。いくら幼なじみだからって、いつもいつもアイツといっしょじゃ、彩ちゃんだって面白くないだろ?それじゃ、彼氏だって出来ないぜ」
(彩ちゃん?気安く呼ばないでよ。それに、トーマがあたしの彼氏なんだから)
 彩子はそう思ったが、勿論口に出しては言えない。冬馬の後を追おうにも、祐二に腕を掴まれているので、それも出来なかった。
「手を…離して下さい」
 やっとの思いで手を振りほどいた時にはもう遅い。冬馬の愛車は、既に走り出そうとしている。
「トーマ……」
 慌てて駆け寄ったが、
「とにかく、今夜は祐二に付き合ってやれよ」
 冬馬はそんな冷たい言葉を残して、行ってしまった。
「さぁ。あんな薄情なヤツはほっといて、俺と楽しくやろうぜ」
 車が走り去った方角を、尚も未練がましく目で追っている彩子。
 その肩を、祐二は慣れた仕草で後ろから抱いた。
 冬馬以外の男にそんな事をされるのは初めてである。彩子は何も言えずに、思わず肩をビクリと震わせた。
「彩ちゃん、普段どんな音楽聴くんだい?」
 無遠慮に肩を抱いたまま、祐二は相変わらず馴れ馴れしい。
 彩子は、背中を逆なでされるような、ザワザワッとした嫌悪感を感じた。
「あんまり聴かないけど。日本の音楽です、今はやってるのとか……」
 何を言ってるのか、言葉遣いも支離滅裂になる。
「今日やるバンドって、まぁハードロックなんだけど。そういうの聴かない?」
「ハードロック?……」
「そう。シャドウ・ムーンてバンドなんだけど、知らないか」
「はい。あたし、そういうの疎いから…ごめんなさい……」
 彩子は上の空で話を合わせながら、ただ何となく謝った。本当はこの状況から、一刻も早く抜け出したくて仕方がないのである。
 しかし、この中川祐二という男。なかなか離してくれそうにない。
「別に謝る事はないよ。デビューは決まってるらしいけど、まだプロじゃないからな。ギターの慎崎竜ってのがすごい人気らしいぜ。キーボードの宮前しのぶってコが、俺達と同じ大学で、結構仲がいいんだ」
「そうですか……」
「まっ、とにかく。中へ入ろうぜ」
 すっかり恋人気取りでいる祐二が、手を肩から腰に回した。更に、自分の方へグイッと引き寄せる。
 彩子は気後れがして、文句一つ言えなかった。されるに任せたまま、ライヴハウスがある地下への階段を下りて行く。それでも、入り口を前にしてさすがにためらった。ここを入ったら、何か恐ろしい事が待っているような気がする。自分が踏み入れるべき空間ではないような気がするのだ。
「どうしたの?」
「あたし…こういうとこはあんまり……」
「大丈夫だよ。俺がいっしょだから」
 だから、不安なのである。これが冬馬のセリフなら、何も心配する必要はない。しかし、
「さぁ、早くしないと、始まっちまう」
 更に促されて、彩子にはそれ以上拒む事は出来なかった。

 薄暗い店内は、彩子よりもやや若い世代の男女で一杯である。皆派手な格好をしていて、自分とは明らかに異質な感じがした。空気も何となく淀んでいる。加えて冬馬のいない心細さが、まるで鉛でも呑み込んだように、彩子の気持ちを重苦しくさせた。
「どうだい?やっぱり馴染めないか」
「ええ……」
「まぁ、そのうちに慣れるから」
 祐二も一応は気を遣ってくれたものの、それだけである。
(終わるまでいるしかなさそうだわ)
 彩子は仕方なく、覚悟を決めた。
 ここからではステージは見えにくいし、興味もない。それでも、何が始まるのかとドキドキしていると、前に居並ぶ異様な集団から大きな歓声が沸き上がった。
 どうやら、バンドのメンバーが姿を現したようである。
(スゴイ声援ね。これじゃ、演奏なんて聴こえないんじゃない?)
 彩子は呆れたが、その思いはすぐに杞憂である事が分かった。
 ライヴが始まるやいなや、耳をつんざくような大音響。ほとんど暴力的とも言えるその大音量に、言い知れぬ恐怖を感じた。
 しかし、目の前にいる連中は一向に平気な様子である。拳を振り上げたり、身体を前後に揺らしたりしながら、リズムに乗っている。
(な、なんなのよ、これ……)
 彩子は益々恐ろしくなった。目を大きく見開いたまま、無意識のうちに後ずさりする。呼吸が荒くなって来て、たまらず耳を塞いだ。
「トーマ……」
 思わず口に出して助けを求めたが、勿論彼がいるはずもない。もう限界だった。
 足元がふらついて、倒れかかった身体を誰かに抱き留められる。
(トーマ?)
 ホッとしながら振り仰いだ目に映ったのは、しかし祐二の顔。心配そうな表情で何か言っているようだが、まるで聞こえない。
 いずれにしても、もう一秒たりともこの場所にいたくなかった。懇願するように入り口の方を見ると、彼にも心境は伝わったようである。その腕を支えるようにしながら、店の外へ連れ出してくれた。
「大丈夫かい?顔色、真っ青だぜ」
「もの凄い音量だったから、ビックリしちゃって……せっかくのお友達のライヴなのに、ごめんなさいね。あたしは一人で平気だから、中川さんはもう戻って下さい」
 外の新鮮な空気に触れて、彩子の気分も大分落ち着いて来た。願わくば、このまま一人で帰りたいのだが、そうは行かないようである。
「別に、ライヴなんかどうでもいいよ。それより、彩ちゃんを一人にしておけないから」
 祐二は心配する振りをしながら、
「どこかで、少し休んだ方がいいな」
 その実、下心見え見えだった。
「大丈夫。トーマに電話して、迎えに来て貰うから」
「アイツ、そんなお人好しじゃないだろ?何なら、俺が送ってってやるよ」
 徐々に雲行きが怪しくなって来る。
「いえ、遠慮しときます」
「そんな冷たい事言うなよ。何なら、これからホテルへでも……どうだい?」
 とうとう本性を現した。初めからそれが目的である。祐二は薄笑いを浮かべながら、大胆にも彩子の身体を抱き寄せる。
 彩子も勿論、薄々感づいてはいた。それでも冬馬との約束があったから、今まで我慢していたのだ。が、こうなったからにはもう遠慮は要らない。
(トーマだって許してくれるに決まってるわ)
 そう思いながら、
「やめて下さい!あたしには、トーマがいるんですから」
 彩子は堂々と宣言した。つもりだったのに、
「冬馬がいるって、それどう言う事?」
 祐二にあっけらかんと返され、拍子抜けしてしまった。仕方なく、律儀に説明してやる。
「どう言うって。トーマは単なる幼なじみじゃなくて、れっきとした彼氏って事です」
「君が勝手にそう思ってるだけじゃないの?」
「そんな事……」
「ないってのかい?それなら、どうして俺に紹介した?大事な彼女なら、いくら友達だからって他の男と二人っきりにして、自分はさっさと帰ったりしないだろ?」
「それは……」
 祐二に痛いところを突かれて、彩子は答えに窮した。実際、彼の言う通りである。
「何か、わけがあったんです」
 苦し紛れにそう言うと、
「教えてやろうか?そのわけ」
 祐二の目が意地悪そうに笑った。この女、自分の自由にならないと思った途端、掌を返したように冷たい態度になる。
 しかし、彩子も負けてはいない。
「トーマに直接聞くから、結構です!」
 断固言い放つと、クルリと背中を向けた。
「言っとくけど。砦門はお前の事なんか、これっぽっちも思っちゃいないぜ。手軽に遊べる、都合のいい女でしかないんだ」
 祐二が悔し紛れに投げた言葉を、
(アンタなんかに、何が分かるのよ)
 背中ではねつけながら、振り返りもしない。彩子はこれから、当然冬馬のところへ行くつもりだった。

 ―つづく―

 

 


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